正直、私は家事が得意ではない。
無意識のうちに完璧にこなさなければいけない、という呪縛に囚われているのかもしれない。
そんな時に作った生姜焼きを美味しい、と食べてもらえたことが嬉しくて、どこか報われたような救われたような気持ちになった。
私はその時の相手の表情や声のトーンもきっと宝物のように胸の奥の奥にしまっておくのだと思う。
素敵なものだけをしまっておく宝石箱みたいな。
そしてそれを次にまた生姜焼きを作るときや嬉しいとき、辛く絶望を感じる時に、その箱を開けて眺めるんだと思う。
生きる喜びを感じる時(滅多にないかもだけど…)、生きる意味をなくした時に感じたいものは同じく希望なんじゃないかと思う。
そんなことを今、書きながら思った。
一緒にいられる今を当たり前と思わず、相手を大切に思う今を積み重ねられる自分でありたい。
最後に、生姜焼きの裏話をひとつ。
これは前に作った時に好評だった材料を書き記しておいたもの。それは、美味しいはずだ(笑)
でも、そうやって私達にしか作れない時間の積み重ねほど愛しいものはない。
嬉しい瞬間の誕生を正直に喜べない私は、このノートを見れば作れるね、なんて返すしかできなかったけど。
そんな私も私らしくて可愛らしいと諦め半分、思うようにしてる。
いつか、好きになったらいいな〜、家事。