こうして、夫の生まれ故郷である、大阪に転居することになりました。

大阪は、私自身の親戚も多かったので、幼い頃よりよく来ていた土地でした。

しかし、住むのは初めてでした。

 

家の近くには,下町っぽい商店街があり、小さなお店がいっぱいあります。

それまでの田んぼや普通の住宅に囲まれた風景とは全く違い、お店の人の掛け声や大阪のおばちゃんのにぎやかな雑談が、まるでお祭り騒ぎが繰り広げられているように感じられました音譜

 

引っ越して、すぐにお店を開店するための内装工事に取り掛かり、それが終わると開店準備と慌ただしく日々が過ぎていきました。

迷っている暇もなく、準備に追われましたあせる

 

義母も大きな手術を受けた後で、ほっそりとしていましたが、色々と手伝ってくれながら、私たち家族が大阪にやって来たことを歓迎してくれましたラブラブ

開店当初は、夫の親族や知り合いなど多くの人が、来てくださいました。

開店という大きな変化の中で、気持ちも高揚していたせいか、私の体調も崩れることなく、過ごせていましたアップ

 

しかし、そんな高揚した気分も、日が経つにつれて、疲れが出てきていました。

開店して、一か月も過ぎると、開店祝いに訪れてくれていた人もかなり減ってきましたダウン

 

時間の経過と共に、新たな不安が出て来ましたアセアセ

それは、開業のために用意したお金がどんどん減って来ていることでしたダウン

 

家族4人、このまま生活をしていけるのだろうか・・・はてなマークガーンあせる

その頃は、夫も必死だったと思うのですが、こんな不安定な状態に私を置いた夫に対して、怒りがこみ上げて来ましたプンプン

 

とりあえず、精神科のお医者さんも自分で探さなくては、いけません。

以前のお医者さんから、紹介された奈良の病院に行ったのですが、土地勘が全くないところで、道中も不安で、前のお医者さんに再び電話で相談をしていましたTEL

 

結局、紹介された何ケ所かの病院を訪ねたあげく、学生の頃に住んでいた、京都の病院に落ち着くことになりました。

心の病というのは、誰にでも相談できる気がしないというのが、非常に厄介なところです。