6月5日(金)に、辛いことを冷酷に無慈悲に告げられた。

デリカシーがない。

しかも詳細もない。

こと、身体に関しては従うしかない相手にだ。

だが元々不信感があった。

だから、100%は信じられずにいた。

だけど、言葉の衝撃さが勝ち、一睡も眠れず、ろくに食べられずに余計にダメージを受けた。

担当が違えば恐らく受けなくてよかった悲しさ辛さ苦しみ。

自分の他に同じく酷い目に遭った人らもいるに違いない。

老害というのはこういう者を言うのだなと思った。

人としておかしな人間は人の上に立つものではない。

見た目から推測だが恐らく今まで60年近くも働き、トラブルにもならず首にならずにいけしゃあしゃあと今までのさばっていたものだ。

周りもよく問題にしなかったものだ。

自分はお年寄りは敬い愛でるものであるとは思うが、例外があるということがわかった。

心配にみまわれてしまった時、以前の自分ならばそのままその事象に囚われて身動きがとれなくなりうずくまっているような状態に陥るのが常だった。

だが現在の自分は、心配しつつもやらなければならなかったりすることに着手することができるようになった。

生きる上で当たり前のことなのだが、弱さ故どうしてもできなかった。

とはいえ、弱さが強さになったかといえば、NOなのであるが。

未来におびえて、現在を楽しめない。

常に胸の中にあるモヤモヤ。

吐き気がしたり、首肩が重く、身体がだるい。

助けて。

思わず叫ぶけど、誰にも届かない。

独り……。