人の親になった今、言葉使いに気を使っている。
子供に美しい日本語を話して欲しい。
そのために、努力は惜しまないつもりだ。
外で子供に向かって「殺すぞ、こら」とか「死ね!」とか言っている親子の会話を聞くと、『あらあら、心に余裕がないのね。私はそんなこと言わないように気をつけなきゃ♪』くらい思っていた。上から目線なこと、限りない。
しかし、実はこの私こそが、息子の前で普段人前で口に出せない言葉を自由に発し、ストレス解消をしていた。
今、ここで懺悔しよう。息子の言葉使いがおかしくなる前に告白し、そして悔い改めよう。
言葉一つで、その人の性格や育ちがわかるという。
そして、言葉一つで人格を判断され、付き合い方まで左右されかねない。
言葉の威力とは本当に恐ろしい。
それを知っていてなお、使いたい言葉の魔力。それが、これだ。
「よっこいしょういち」「MK5」「OK牧場」等など。
この場所ではとうてい書けないような寒々しい言葉を口にして、息子と2人の時間を楽しんできた。
世間様から抹消されかねない、人格を疑われかねないこれらの死語。
これらを赤ちゃん期の息子は笑って容認してくれた。
しかし、今や息子のピチピチの若い脳は吸収力抜群、すぐに言葉を覚えて外に披露してしまう。
ダメだろう。保育園で、2歳児が「そいつは、おそれいりやの鬼子母神」とかいってたらダメだろう。
私はこれらの愛すべき死語を封印し、一生心にしまっておかねばならない。
反省したばかりだったのに、うっかり、姪っ子の前で「だいじょうブイ」なんて言ってしまったら、その後20分ほど「ブイ!ブイ!」と姪っ子は叫び続け、私を非常に追い詰めた。
ああ、恥ずかしい。なんという恥辱を与えるのだろう、死語ってやつは!
今やすっかり改心した私は死語を遠ざけ、心穏やかに暮らしている。
ああ、でも、時々言いたくなる。この衝動はいったいなんなんだろう。
「許してちょんまげ」
ああ、ああ・・・。
子供に美しい日本語を話して欲しい。
そのために、努力は惜しまないつもりだ。
外で子供に向かって「殺すぞ、こら」とか「死ね!」とか言っている親子の会話を聞くと、『あらあら、心に余裕がないのね。私はそんなこと言わないように気をつけなきゃ♪』くらい思っていた。上から目線なこと、限りない。
しかし、実はこの私こそが、息子の前で普段人前で口に出せない言葉を自由に発し、ストレス解消をしていた。
今、ここで懺悔しよう。息子の言葉使いがおかしくなる前に告白し、そして悔い改めよう。
言葉一つで、その人の性格や育ちがわかるという。
そして、言葉一つで人格を判断され、付き合い方まで左右されかねない。
言葉の威力とは本当に恐ろしい。
それを知っていてなお、使いたい言葉の魔力。それが、これだ。
「よっこいしょういち」「MK5」「OK牧場」等など。
この場所ではとうてい書けないような寒々しい言葉を口にして、息子と2人の時間を楽しんできた。
世間様から抹消されかねない、人格を疑われかねないこれらの死語。
これらを赤ちゃん期の息子は笑って容認してくれた。
しかし、今や息子のピチピチの若い脳は吸収力抜群、すぐに言葉を覚えて外に披露してしまう。
ダメだろう。保育園で、2歳児が「そいつは、おそれいりやの鬼子母神」とかいってたらダメだろう。
私はこれらの愛すべき死語を封印し、一生心にしまっておかねばならない。
反省したばかりだったのに、うっかり、姪っ子の前で「だいじょうブイ」なんて言ってしまったら、その後20分ほど「ブイ!ブイ!」と姪っ子は叫び続け、私を非常に追い詰めた。
ああ、恥ずかしい。なんという恥辱を与えるのだろう、死語ってやつは!
今やすっかり改心した私は死語を遠ざけ、心穏やかに暮らしている。
ああ、でも、時々言いたくなる。この衝動はいったいなんなんだろう。
「許してちょんまげ」
ああ、ああ・・・。