真っ暗な廊下は、驚く程人気が無く、しん――と静まりかえっていた。


「……警官たちは、こちらは張っていない様ですね」


そう呟くと、隣を歩く彼――アトム君は、ニヤリと笑ってこちらを向いた。


「だってアイツら、オレ様たちが狙ってるのを国宝だと思ってんだろ?」

「えぇ、そうらしいですね。おかげさまで、国宝のある本館ばかり厳しく取り締まっているようで」

「……っは。国王ともあろう人間が、本当のお宝に気付けないなんてな」


アトム君の表情が少し曇る。
自分たちがここに来た理由の示す意味を考えて、複雑な気持ちになったのだろう。


「……哀しいことです。…しかし、だからこそ僕たちは未来を照らしてあげる為にここに来たのでしょう?アトム君がそんな顔をしていては、助けられるものも助けられませんよ?」


そう諭すと、アトム君は確かにな。と頷いて、決意のこもった瞳で廊下の先を見据えた。

この別館に眠る、代わりなど無い宝――僕達の目指すものは、確かにここにしか無い。











☆☆☆☆☆





灯りに照らされた本の文字を読む気にもなれず、ボンヤリ眺めていると、唐突にドアをノックする音が聞こえた。


(――誰だろう。刑事さんかな)


このタイミングで、他に訪ねて来る人間も思い当たらず、億劫さを感じながらもユエは静かに本を閉じ、ひとつ返事をした。


「はい」


――と、勢いよくドアが開いて、二人の少年が入って来た。

一人は赤い髪に、星形の映えるピンで前髪を留めた、仮面で顔の半分を隠している少年。

もう一人は、真っ直ぐな青い髪に、切れ長の瞳を仮面で隠した少年だった。


「……ルイ。やっぱさ、なんかこー…怪盗なんだからよ、ノックなんかしないでもっと大胆に入っても良かったんじゃねぇ?」

「駄目ですよ、アトム君。いくら怪盗とは言え、今は夜中。女性の部屋に許可無く入ろうだなんて、不躾にも程があると思います」


(……誰、かな。この子たち……)

人の部屋に入るなり言い合いを始めた彼らは、もちろん使用人の人達ではない。
――『怪盗』とかいう単語が聞こえたような気もするが、まさか。

だって、こんな――私よりも少し年下くらいの少年たちが国王相手に怪盗だなんて…。


(あり得ない。…けど、じゃあこの子たちは一体……)


ぐるぐると思考が渦を巻く。
しかし、そんな私の疑念はあっという間に払拭される事となる。

何も話さない私に気づくと、アトムと呼ばれた少年は軽く咳払いをしてスッと表情を引き締めた。


そうして、窓際の椅子に座る私の側まで来ると――私の手をとった。



「怪盗ALEA、ここに参上。…ようやく、見つけた。オレ様たちのお宝。……捜したんだぜ」


すると、いつの間にか近くに来ていた、ルイと呼ばれた少年も、空いた右手をとった。


「…ここは辛かったでしょう。無理はしなくて良いんです。僕たちは君を救うために、ここに来たんですよ?」

「そ。お前を攫いに来たぜ」

「僕たちと一緒に、この牢獄を抜け出しましょう」


『牢獄』。小さな頃から外出など許されず、母は幼き日にこの世を去った。父である国王とは滅多に会えず、反論も聞いてはくれない。


「…良いのかな。私……」


行きたい。…けれど、私は外の世界を何一つ知らない。好奇心はあれど、それと同じくらいの不安が心を埋めつくしていた。


「…貴女は、ここで一生閉じ込められたお人形さんのような生活で良いんですか?」


自由になった両手を膝の上で握りしめた、不安に揺れる彼女の瞳を覗き込みながら静かにそう訊ねると、彼女はすぐに首を振った。


「嫌です」

「なら良いんじゃねーの?行くも行かないもお前次第だぜ」


そう言ってアトム君は再び右手を彼女に向かって突き出した。

(…連れて行く気満々なんじゃないですか……)

実に彼らしい行動だ。

(なら僕も……)

自分らしいとは言えないかもしれないけれど。きっと彼女は僕らの手をとる。
だから、あと少し後押ししてあげれば。

ルイも、スッと右手を差し出して小さく笑んで見せた。


「……さあ。僕らと一緒に行きましょう」