夕方の祭りに行く為、この炎天下に、車椅子を押して貰える有り難さ。

もぉ、13年前?
もっと前か?
日本中を出張する立ち位置だった。
経営側に身を置き、立場上止める訳にも!
手術の予定を遅らせ入院。
手遅れだった!
以来、片目で生活するようになった。

しばらく病院の7階で過ごした。
部下が病室まで仕事を持って来た。
12階は展望室で明け方、そこのコーヒーを飲みに行く癖がついた。
コーヒーが抽出されるまでに🎵コーヒールンバ🎵が流れるベンダーだった。
そこでは決まった時間に来る男の子と会話するようになった。
眼下には鬱蒼としげる広大な公園「万博公園」だった。

彼は港で荷揚げ作業に従事する青年だった。
「僕も、脚を切ることになりました」と。
眼下にはモノレール、その先はこの万博公園。
退院して仕事に復帰した頃、その彼の携帯電話は不通になった。

あれから色々あって、役員にならず、成れず!退職。
やがて終の住処とすべく、引っ越し福岡に。

その病院が、この万博公園から、見える。
7階も、勿論、12階も見える。

まさか、イギリスで産まれた孫を伴って。
露店で買い食い、夜店の輪投げやゲーム姿を車椅子で後ろから見る今。
人生ってまさかの連続、奇跡の賜物。
出会うべくして出逢えたお陰で!