迷走する連合は出直し的再生をめざせ」(デジタル版現代の理論VOL.31より)

 

自民党に見込まれた連合会長

従来の連合会長とは異なり、芳野会長は政権交代など眼中になく共産党を含む野党共闘に何かと異論を差し挟んで妨害することが最大の関心事となっており、その限りでは自民党と全く同じ政治的立ち位置に立っている。これは明らかな連合政治方針からの逸脱である。後日、自民党の遠藤選対委員長が「連合の会長(芳野友子氏)が共産党(との共闘は)ダメよと、そんな話をしていたこともあって勝たせていただいた」とほくそ笑んでいたことが、この間の事情を象徴している。安河内賢弘JAM会長(連合副会長)は「自民党との連携は私の労働運動への侮辱です」と述べているが、これは連合政治方針の下で政権交代を目指してきたすべての連合組合員および野党共闘を支えて政権交代に挑んできた無数の市民が共有する思いである。そのとき「自民党と認識に大きな相違はない」と公言して憚らない人物が連合会長であって良いはずがなかろう。

自民党は非共産野党と共産党との連携を最も警戒し、両者の間にくさびを打ち込みたいと策を弄してきたが、そこに共産党との連携をアレルギー的に嫌悪して妨害活動まで行う、願ってもない人物が連合会長に就任するという事態が出来したのであるから、これを最大限に利用しようと画策することは当然であろう。一部に、連合が変わったのではなく、自民党の方が接近してきているだけだという意見もあるようだが、ある意味で事実としてそうした側面もある。ハト派からタカ派まで様々な派閥の集合体でありながら、冷戦時代由来の反共主義を唯一の結集軸としてきた自民党と、連合芳野会長の反共主義が共鳴し合い、自民党からは以前の連合会長とは明確に異なる思想的な同調者として見込まれているわけである。実際に自民党は去る3月に決定した運動方針に「連合など労働組合との政策懇談を積極的に進める」と明記して、野党の支持母体である連合に揺さぶりをかけ、さらなる野党分断工作を進めている。芳野会長の野党共闘への介入が昨年の総選挙結果に影響したとうのは衆目の一致するところで、そうした負の遺産が今次参院選結果にも影響したであろうことは想像に難くない。

ところで、参院選投票日直前に起こった安倍元首相狙撃事件の容疑者が統一教会に深い怨恨を持っていたことから、政府自民党と反共カルト教団の関係が俄かにクローズアップされている。統一教会は韓国に本部を置き、反日的排外主義の色彩が強い団体だが、「反共の絆」はそうした障害を乗り越えて日本保守層と結びついた。戦後冷戦時代における、アメリカを中心とした西側陣営の政治プロパガンダとして拡散された反共思想は、日本においても与党自民党はもとより一部野党や労働界、宗教界にも深く浸透している。学術分野では、1974年に統一教会が主導する世界平和教授アカデミーが創設された。初代会長には政治学者の松下正寿(立教大学総長、民社党参議院議員)が就任しているが、松下は富士社会教育センターの2代目理事長も務めた。芳野会長が反共思想を習得した富士政治大学は同センターの教育部門である。本稿の主題ではないが、戦後史における冷戦期反共思想が戦後民主主義に敵対してきた反動的役割については、今後予想される改憲論議の中でも詳しく考察される必要があろう。またそのような文脈の中に位置づけることで、芳野反共思想の危険性ないしは有害性も一層克明に理解することができよう。

確信犯としての芳野会長

芳野会長の言動は、単なる経験や知識の不足による軽佻浮薄な振る舞いではない。人並みの知性があれば、自分の言動がどのような影響を与え、誰を利するのかは大方理解できるはずであり、それが分った上で利敵行為を働く者を確信犯と言う。このところピンクのマスクが芳野会長のトレードマークのようになっているのだが、連合関係者によれば、あるときピンクのマスクを茶化されたことがあり、それ以降、意地になって着用を続けているのだという。芳野会長の意固地な性格をよく現したエピソードだが、単なる性格の問題ではなく、思想そのものの頑迷さは本人や周囲の発言からも確認できる。

例えば、昨年10月1日(連合会長就任直前)に収録され、いまでもJAMのHPで視聴できる安河内JAM会長との対談の中で、芳野会長は「私は私でいたい」とした上で「立場が変わると人も変わると言われるが、自分で気が付かないうちに変わってはいけない。おかしいよと言ってくれる仲間=マイサポーターと繋がりながら変わらずにいたい」と言っている。普通に聞けば、ありきたりの殊勝な発言のようだが、その後の経緯を顧みると、富士政治大学で学んだ極右的反共思想に基づく政治路線を連合会長になっても断固貫徹してゆくという決意表明であったことが分る。

芳野会長のマイサポーターの一人と思われる連合東京の斉藤千秋事務局長は、New York Times紙のインタビュー(2022.2.16)で芳野会長を評し、“Japanese newspapers are saying that she’s a puppet, but it makes me laugh”(操り人形とは笑わせる) と語り “If someone thinks they can control her, they should give it a shot.”(コントロールできると思うならやってみな)と付け加えた。芳野会長と親しい周囲の盟友の眼にも、頼りがいのある確信犯として映っていることが分る証言だ。

経験や知識の不足であれば周囲からの「輔弼(ほひつ=大日本帝国憲法において天皇の大権行使に誤りがないように意見を上げる行為)」を含めて、なんとでも対処のしようもあるが、「諫議大夫(かんぎたいふ=中国唐代において天子の誤りを諫めることを職責とされた官職)」の助言にも耳を貸さないような確信犯にはつける薬がないのである。

地方連合の中には、政党間の選挙協力には関知しないという連合方針に反して、共産党や市民連合と立憲民主党の協力関係に介入し、実質的な選挙協力には消極的な姿勢に出ているようなところもある。これらの動きをけん制しながら、野党間協力の前進を図るのが連合政治方針に忠実な連合本部の姿勢であり、事実神津前会長は「“野合”で何が悪いのかくらいの思いです」とも述べながら野党の選挙協力を側面から支援してきた。然るに芳野会長は、自ら共産党との選挙協力への反対を公言して、一部の反共色が強い地方連合の消極的態度を助長したのみならず、先の総選挙に際しては神奈川13区で地方連合の頭越しに、連合本部が直接選挙妨害的に介入することまで行った。こうした芳野会長の言動には同氏が活動してきた連合東京の影響も大きいと思われる。芳野会長自身が産経新聞のインタビューで、共産党と選挙協力する候補者に対する地方連合の対応について問われた際に「例えば連合東京は特にシビアに考えているようだ」と答えているように、連合東京の政治スタンスは地方連合の中でも際立った反共姿勢で知られている。富士政治大学で学習した芳野会長の反共思想が、連合東京的な体質の下で確固たる「信念」に成長していったようだ。何れにしても、芳野会長による一連の野党共闘批判が総選挙や参院選における野党敗北の一因となったことは疑いなく、その責任は厳しく追及されねばならない。

産別と政権与党との関係のあり方

原発問題を抱える電力産業に加え、EV(電気自動車)化に出遅れ、カーボンニュートラルに水素エンジンなど複数の選択肢での対応を模索する自動車産業や、半導体分野で国際競争力を喪失し、外資とも連携した国内製造基盤の確立で安定供給を目指す電機産業など、国の産業政策に強く依存することなしに企業の将来展望を描くことができない産業分野が拡大している。こうした産業・企業を巡る情勢の転換を受けて、国策依存を強める経営陣に同調する形で政府与党との距離を縮めようとする組合も現れてきた。典型的事例は先の総選挙で、政策実現のため自民、公明両党も含めた超党派で連携する必要があるとして、6期18年務めた組織内議員(現在は愛知県副知事に就任している)を引退させることでトヨタ労使が引き起こした「トヨタショック」である。

しかし国策依存といっても、それが必ずしも連合政治方針の政権交代と矛盾するわけではなく、どの党が政権の座にあっても、時の政権与党と連携して行ければ産業政策的には問題がない(少なくとも対応可能)のではないかと思われる。従って、時の政権与党とパイプを持つことと、反共を党是とする保守政党自民党と連携を強めることは本質的に異なる政治対応である。自民党は連合と連携するとした運動方針どおりに、去る4月には芳野会長を党主催の研究会に招き、芳野会長はそこで講演した後、認識を共有できたとエールを交換した。こうした異例の行動は芳野会長の立ち位置を象徴するものだが、連合関係者によれば、こうした行動について事前に連合内での議論がある訳ではなく、会長判断で行われているのが実態だという。産業政策として国策との連携を重視する産別であっても、芳野会長のように反共イデオロギーから発する火遊び的自民接近に下手に同調することで、却って産別が進めようとしている産業政策の将来に禍根を残すことにならないか、しっかり足下を見据えるべきではないか。