連合総研主任研究員 早川行雄

 

去る4月24日、『2015年版中小企業白書』が閣議決定、公表された。白書は前半で今日の中小企業を取り巻く環境や中小企業の動向について各種統計データをもとに分析し、後半では中小企業の課題や将来に向けての可能性について、定性的な判断も交えながら論じている。前半部分は一言でいえば、中小企業の経営環境の厳しさと、結果としての大企業との経営指標格差を示している。一方後段では、今年の場合具体的な先進事例を挙げながら、中小企業の飛躍に向けた課題や地域経済活性化の要としての中小企業の役割に言及している。これらの構成区分は、黒瀬直宏の『複眼的中小企業論』に従えば、前段は中小企業の「問題性」を示し、後段は「発展性」を表したものとみなすことができる。ここで重要な視点は、中小企業の抱える「問題性」の捉え方である。中小企業の抱える困難は大企業との取引関係の中にこそ根因がある。白書はこの点を経済のグローバル化等に伴う大企業・中小企業間の取引関係の希薄化と捉え、課題の解決は専ら中小企業の自助努力にゆだねられるもののごとく描かれる。また中小企業間の収益力格差の拡大(二極化)も指摘されているが、各企業の重点施策の比較を試みるのみで、大企業との取引関係の影響分析はみられない。

加えて現政権の政策効果を過大評価する政治性も強まっている。景況判断ひとつとっても、白書は「中小企業・小規模事業者の業況判断は、アベノミクスの「三本の矢」の効果もあり、改善基調で推移した。2014年4-6月期には駆け込み需要の反動等も(あったが)、足下の2015年1-3月期には、持ち直しの動きを示し、先行きも持ち直しの動きとなっている。」としている。片や中小経営者団体である全国中小企業家同友会の直近における景況調査報告のタイトルは「中小企業はすでに“アベノミクス不況”のさなか」(2014年10-12)、「4四半期連続マイナスで景気停滞」(2015年1-3)となっており、白書の分析はこうした現場感覚と乖離している。

白書の立ち位置を端的に示しているのが大企業と中小企業の長期的成長パターンの比較である。従来から大企業との「相互依存関係」にあった中小企業は、大企業が市場から獲得してきた需要の恩恵を享受してきたというのが白書の認識だが、足下についても「現在、成長戦略の成果は、中小企業や地域経済に波及しつつあり、それが全国津々浦々まで広がり、中長期的な地域経済の展望を見いだせるよう、しっかりとした対応「ローカル・アベノミクス」を行うことが必要である。」として成長性に関わる構造分析を試みている。別表は規模別に見た実質付加価値指数(製造業)の推移だが、白書は90年代における「変化」は語るものの、その要因は追求していない。ここで昨年の白書が「中小製造業の価格転嫁動向」として図らずも検証した90年代後半の価格転嫁力の低下を想起すべきなのである。2000年以降は「再び両者は成長している」のではなく、90年代に構造変化した収益力格差が固定化されているだけである。

白書の後段では、「イノベーションと販路開拓」や「人材の確保・育成」など中小企業の「発展性」に関わる課題が示されている。これらの指摘は中小企業が良好な雇用の受け皿となり、わが国経済の牽引力としての役割を果たす上で不可欠な指摘である。ここで紹介されている企業事例には学ぶべき取り組みが含まれているのも事実である。しかしより重要なことは、厳しい企業淘汰を乗り越えて今日存続している「普通の」中小企業が「普通に」利益を計上できることである。再び『複眼的中小企業論』の立論に立ち戻るならば、過度の単価引き下げによる付加価値の移転(収奪問題)、中小企業分野への利己的参入(市場問題)、人材や資金の優先取得(経営資源問題)など、寡占大企業による中小企業の「発展性」阻害要因を排除して、いかに経済民主主義を確立するのかが問われているのである。