※ このブログは私が26歳の時に書いた記事を再編集してUPしてるものです。
《11歳~12歳の頃のお話》
5年生になって、担任が変わった。
ものすごく化粧が濃く、性格の悪いオバサンだ。 (A.I.先生…)
ある日の休み時間、友達とワークスペースで鬼ごっこをしていた。
私が鬼で、友達を追いかけてたら女子トイレに逃げ込んで鍵をかけた。
私は『あーそれ、ズルイー!』と、隣のトイレによじ登り、
中を覘き込んだら…?! …友達は用を足してる最中だった(^^;ゞ
『なぁ~んだw言ってくれればいいのにぃ~w』と、その時は笑って終わった話…。
数日後、またその友達が突然裏切った。
何が気に入らなかったのかさっぱりわからないけど、朝のHRでいきなりあの時の鬼ごっこの件を
先生に告げ口されたんだ…。
それを聞いた先生は怒って私に掴みかかり、そのまま引きずってトイレに連れて行った。
『ななななにするのっ?!』
先生は私の服をビリビリにしてトイレに押し込んだ…
『●●さん(チクッた人)と同じ目に遭わせてやるっ!!』
そして叩く…。何度謝っても叩き続ける…。
なんで??なんでなの??なんで先生がこんなに打つの????
意味がわかんない…
私はまた…声を上げて泣いてしまった…。(多分…学年中にこの声が聞こえてたと思う)
だけど…誰も助けに来てはくれなかった…
(今の時代にこんな事があったら大変な事なのにね…(¬_¬))
そしてそれから…担任の先生からのイジメ(?)はどんどんエスカレートしていきました。。。
担任が自ら私の机を処分した。『あんたに勉強する資格はない!』とか言って…
更に私を教室の隅に追いやり、授業に参加させてくれなくなった…
私が少しでも反抗的な態度を取ると、ママ母と同じように私を力いっぱい殴り続けるんだ…。
4年生の時の担任が、この時《保健室の先生》になっていた。
私は叩かれた傷の治療に保健室に行った時、今の担任がこんな事をしてる事を相談したが、
『そんなワケないでしょ?ミルちゃんがまた何か悪い事したんじゃないの?』
と・・・まったく取り合ってもらえなかった・・・。
家でも学校でも叩かれ、もう本当に死にたい死にたい…毎日考えてた。
首に紐を巻きつけたり、高い建物に登ってみたり…
でも、いざ死のう!とした時には優しい本当のお母さんの顔や可愛い妹の顔が浮かぶんだ…
『ぅゎゎぁん・゜・(PД`q。)・゜・死にたくないよぉ・・・』
ひたすら泣いて泣いて…落ち着いたらまたあの鬼の住処に帰る…そんな日々だった…。
この当時…一応…楽しい事もありました。
大好きな妹と一緒に過ごす時間☆それが私の唯一、安らげる時間でした…
妹が大きくなってきて、だいぶ意志の疎通ができるようになった。
一緒にHNKの番組を見ながら歌ったり踊ったり、お菓子を作ったり。
2人で公園などに出掛けたり、色々な事をしてました☆
妹が生まれて…それからママ母が虐待魔へと豹変したのだけれど…
それでも妹の事を可愛いと思う気持ちは変わらなかった。(まだね…)
やっぱり私は保母さんになりたい(*^^*)
周りの子が塾や習い事を始めるようになった。
勉強に関しては父や兄が学力に対し、絶対的な自信があったため
『親に習えっ!』と、塾通いや進研ゼミw等のお願いは絶対聞き入れてもらえなかった…(--;
私の通ってた小学校はとても国際交流が盛んな学校で、アメリカからの留学生なども居て、
近所で英会話教室も開かれてましたが、私はそこに行く事も許されなかった…
でも、習い事をしたい!!
その頃まだ…陸上競技は苦手だったんだけど、水泳は大好きで^^
プールに通いたいっ!!と、ひたすら父を願い倒しwなんとか通わせてもらう事ができました♪
でも結局…始めて1ヶ月もしないうちに全身に酷いアトピーが出て…
元々子供の頃からアレルギーはありましたから…
お医者さんに『塩素は絶対ダメだ!』と、言われすぐに止める事になった…
級は2級しか上がれませんでした…。
それでも何か習いたい!
札幌の従姉弟のおねーちゃんが私と同じ様に、子供の頃から保母さんを目指し、
小さい時からエレクトーンを習ってる!という話を聞いた。
私はその事を理由に小学校6年生からピアノを習う事を許されたのだ(*^-゚)v
ピアノの先生も厳しかった…(汗)
少しでもツメが伸びてて鍵盤がカツカツ言うと手をピシャリと叩かれてしまう…。
ピアノの鍵盤は重たくて…なかなか思うように押せない…ここでも泣きながら練習してたっけw
なのに…その頃サボる事も覚えてた時期でしたから…
せっかく頼み込んでようやくさせてもらえた習い事。それなのに怒られるのが嫌という理由だけで…
ピアノ教室に行くふりをして、実は男の子達と野球してたりしました(苦笑)
この時期から少しずつ友達とも打ち解けていってたかなぁ~…
相変わらず、女の子と遊ぶより男の子と走り回ってる方が性に合っててw
女の子の"アレ”が来るまでは
『自分…本当は男の子なんじゃないか?みんなはそれを隠してるんじゃないか??』
な~んて考えてたりもしましたwww
最初の記事で、幼少の頃【私は本当の子供じゃないかも…】という不安があったと書きましたが…
小学校5~6年生の時、確かツベルクリンか何かの事前検査で
《母子手帳》が必要な時があって…それを親に求めたところ、
『学校に直接渡す』
と言われ…結局私はその《母子手帳》という物を見た事が無いのですが…
この事が余計に
【本当の子供じゃないかも…】とか【本当は男の子なのかも…】
といった疑惑を強めたのです(=_=)
で、その真相は・・・?どうだったのでしょうwとりあえず女の子でした(苦笑)
話は戻って^^;6年生の修学旅行では函館とルスツリゾートに行きました☆
(後に中二の修学旅行でも同じ場所に行く事になるとは…*o_ _)oバタッ)
前日にいきなり前髪を1cmぐらいにちょん切られるというママ母のイジメにもめげず…
友達と仲良く楽しく過ごせた旅行だった…たぶん…。
いっつも…友達みんなと仲良くなってきたなぁ(´- `*)って時に転校なんだ…。
色々嫌な思い出もたくさんあったけど…
私は無事、小学校の卒業式を友達と一緒に涙涙で終える事ができました。
その後・・・また父の転勤です。
中学校1年生からは北見市の学校に通います☆彡