1年ぶりに与野(よの)を訪ねました。昨年も与野公園に行きましたが、与野在住の遠い親戚のおじさんが亡くなったことも、きっかけです。
急に自分のふるさとに、行ってみたくなったのです。

今回も、JR埼京線の与野本町駅で降りて、与野公園に行き、駅前通りや母の実家のあった場所を通り、JR京浜東北線与野駅に向かう~という、ルートです。


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小雨の降る中、一人で想い出をたどりながら歩きました。
与野本町駅東口。
昔、ここに「マルエツ」がありました。
よく、祖母(おばあちゃん)と買い物にきたものです。



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与野市(いや、今はさいたま市中央区ですが)の花は、
なんと、バラなのですねブーケ1
 橋の欄干にもバラの装飾が!


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中央区役所。(もと、与野市役所)そして消防署。
この通りで、毎年11月下旬に「物産展」があって、
いとこたちと楽しんだものです。

ここの公園でも、よく遊びました。SLは、今でも置いてありました。


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こちらにも小さい公園がありましたが、駐車場になってしまっていました。


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小学校1年のときに、自転車でぶつかった電柱あせる
初めて補助輪なしの自転車に乗れたのも、なぜが与野ででした。
そのときの傷が、右ひざに残ります。
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ここのお宅と、馬の銅像は小さいころに見たものと、変わらぬままでした。
まだ私は、2歳か3歳でしたが、じいちゃん(母方の祖父)と
「お馬がいるねぇ」と散歩したのが、とても懐かしかった。


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この、ケヤキの木も昔のままです。
いとこたちと遊んだ原っぱは、薮になっていましたが、残っていました。

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いつも、母の実家、おばあちゃんの家の窓から見ていた工場。
手前は畑と原っぱでしたが、今は駐車場です。

おばあちゃんの家があった場所には新しい家が建ち、知らない人が暮らしているというのが、未だに理解できません。なんか、変な気持ちです。
自分がそこで確かに過ごしたという時間、それはその後に過ぎ去った時間などより、かなり短いというのに、「与野」の自分の中にある時間はきっと、ずっと止まったままなのでしょう。


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与野駅西口に着く頃には、薄暗くなってきました。
奥に見える葬儀センターの場所に、私の生まれたアパートがありました。
手前の薬局は、当時はいわゆる街の小さな薬屋さんで、大家さんだったとのことです。

今回、おじさんの家にはあえて寄りませんでした。また、日を改めたいと思います。
医院や銀行、そして寺院などの場所は昔のままでした。

「与野公園」の散策については、明日以降に綴りたいと思います。