
献立は食パン、チョコクリーム、肉だんご、おひたし、クリームシチュー、牛乳でした。一見量が少なめのようですが、栄養バランスは完璧、牛乳を飲んで、おなかがいっぱいになる量とのこと。
しか~し!痩せの大食いの自分には、やはり足りな~い…(笑)
恥ずかしいと思いつつも、シチューを2回おかわりし、余っていたパンをもう一袋いただき、牛乳をもう一パック飲んだという…ごちそうさんです!
毎度、お、重くて動けない…(笑)
今はこんな私ですが、小学生のころは、まったく給食が食べられなかったのです。
偏食が激しいうえに、当時の小学校の給食はセンターから届くものではなく、校内の給食室で作っていたのですが、どれも食べられなかった。
なんとか食べられたのは、パンとみかんと牛乳だけ。
幼稚園のときの持参する「お弁当」は大丈夫だったのに、「給食」になったとたん、まったく食べられない。一口食べたが、とてもまずくてダメ。それなのに、残さないで食べているみんなが信じられない。ついに親が学校に呼ばれた。
「お子さんは、給食を食べません。好き嫌いをなくすように」
私だけではなかった。午後の授業が始まっても、食べさせられている子、ついに戻した子、泣きながら給食室に食器を返しにいく子…
拷問だ!人権侵害だ!これは義務教育じゃない!!
どこのクラスが給食を完食したか…などという余計な競争もあった。
私はいつも、後ろ指をさされていた。そして必ず「食べないから、痩せているんだ」と言われるのが何よりも嫌だった。
人間というのは何かというと「~のせい」にしたがり、理由をつけては安心する。
そうすることによって、精神的に安定したいのだ。よく昔話に、存在しないはずの、鬼や河童や天狗、そして化け物の類が登場するのは、不思議な解明できない出来事をかれらのせいにすることによって、とりあえず安心したいからに違いない。
「給食週間」というものもあった。「いつも給食を作ってくれるおばさんに、感謝しましょう」といった、イベントだった。苦痛だった。食べられないものは食べられない!
絵が得意だった私は「残さず食べましょう!」という給食週間のポスターを描いて、入選した。給食を残したことしかない自分が――。複雑な気持ちだった。
努力なんてまったくしなかった。努力って何?努力するのってえらいの?
そんなに自分にストレスと負荷をかけて、克服するのがいいことなの?
給食は、自然に食べられるようになった。センターから届く、中学校の給食はけっこうおいしいものだったのだ。
家庭科は得意だった。とくに調理実習。自分で作ったものは、なんておいしいのだと思った。私の作ったブリの照り焼きと、かき玉汁が良くできた見本として、みんなの前で紹介された。
こんにちの給食指導は昔とは、変わっていた。
「一口でいいから食べてみましょう」「1年間かけて、食べられるようになればいい」
地元の特産物が取り入れられたり、児童、生徒が考案した献立があったり、バイキング形式の給食があったりもする。時代は変わったのだ。
「食」は生きることと直結する。それさえ分かればいいと思う。食べられないものを無理に食べる必要はないと思う。それに変わる食材を食べればいいし、残すのがもったいないなら、食べられる方に食べてもらえばいいと思う。
はたして、学校給食の未来はどうなっていくのだろうか。