『ひとつの朝』
作詞:片岡 輝 作曲:平吉毅州
今 目の前に ひとつの朝
まぶしい光の洪水に
世界が 沈まないうちに
さあ 方舟に乗って 旅立とう
あの ノア達のように 旅立とう
たとえば 涙に別れること
たとえば 勇気と知り合うこと
たとえば 愛を語ること
時には 孤独と向き合うこと
旅立ちは いくつもの出会い
今 目の前に ひとつの海
さかまく 怒涛の攻撃に
船が砕けないうちに
さあ 両腕を翼に 飛び立とう
あの鳥たちのように 飛び立とう
はばたけ あしたへ
まだ見ぬ大地へ 新しい大地へ
生きる喜びを
広がる 自由を求めて
「朝」とは、なんだろう? 「朝」とは、どういうことだろう?作詞:片岡 輝 作曲:平吉毅州
今 目の前に ひとつの朝
まぶしい光の洪水に
世界が 沈まないうちに
さあ 方舟に乗って 旅立とう
あの ノア達のように 旅立とう
たとえば 涙に別れること
たとえば 勇気と知り合うこと
たとえば 愛を語ること
時には 孤独と向き合うこと
旅立ちは いくつもの出会い
今 目の前に ひとつの海
さかまく 怒涛の攻撃に
船が砕けないうちに
さあ 両腕を翼に 飛び立とう
あの鳥たちのように 飛び立とう
はばたけ あしたへ
まだ見ぬ大地へ 新しい大地へ
生きる喜びを
広がる 自由を求めて
「朝」とは、どんな時間だろう?
一日はくり返し、朝は必ずやってきて、夜明けのない夜はない。
そして、それぞれの朝が、みんな違う朝がある。人は信じている。
きっと素晴らしいあしたが来ると、あしたこそ、いいことがあるのだと。新しいことが待っている。素敵なことが待っている。まだ、知らないことが、待っているのだと。
合唱曲『ひとつの朝』は、歌い継がれてきた。
1978年のNHK全国学校音楽コンクール高校の部の課題曲から、36年。
世の中と時代は移り変わっていっても、みんな自分の朝を信じて、歌ってきた。
もう、これは「朝」意外に考えられない。前奏と間奏の中に絶対に、夜明けの空と朝の光が見える。朝の光に包みこまれるような、あたたかさと優しさ。
『ひとつの朝』は合唱曲の最高峰であり、到達地点。
この曲が好きだという方々に、魅力を訊くと
「どんどん、音や場面が拡がっていくところ」だという。
それは歌詞のごとく
♪広がる~…と転調、 …決して拡散ではなく、膨張か拡張か…?空間の拡がりと、気持ちのうえでの拡がりなのかもしれない。
16年前――
「ひとつの朝」を迎えることができずに、夜中の2:20に旅立って行ってしまった、
ひとりの作曲家がいた。
遠のく意識と痛みの中で…どんな「朝」を思い描いたのだろうか?
今、この『ひとつの朝』は、平吉毅州氏自身に捧げる曲だと思う。
きっと朝が来ると信じていた。死にたくなんかなかった。生きたかった。明るくなってくる東の空を見たかった。せめても、朝の空の光の中に旅立ちたかった。
だから――だから私は、これからも『ひとつの朝』を大切に、本当に大切に、歌いつづけていきたい。
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~2014年の夜明け~