ぼくはなめくじである。名まえはまだない。
っていいたいところだけど、小野平八郎っていうんだ。どこで生まれたかは覚えてないけど、じめじめしたところだったよ。
だからはじめてお日さまを見かけたときにはびっくりしたんだ。カラカラに干からびそうだったなあ。お日さま、大嫌い。
大嫌いっていえば、にんげんってのも嫌い。ぼくたちを見つけるとすぐに塩をかけてくるんだ。それでぼくの友だちもいっぱい死んじゃったよ。
ぼくたちにもカタツムリくんにみたいに殻があればいいのになあ、なんて思うんだ。そうすれば塩をかけられても平気なのに……
あ、あそこに、くるくるって渦まきのかたちをした殻が落ちてる!
でもカタツムリくんの殻みたいだから勝手に背負っちゃダメだよね。悪いことをしたらにんげんみたいになるぞ、ってお父さんいってたもん。
「おい、そこのなめくぢ。俺は誰の物でもないぞ」
「え、そうなの? だったら背負ってもいい?」
「構わんよ。もとより捨てられた身だからな」
「うわあ、うれしい! ありがとう。じゃあおことばに甘えて、うんとこどっこいしょ」
――やった! ついにぼくも殻つきになったぞ!
「名まえをいうのが遅くなりました、ぼく小野平八郎といいます。あなたのお名まえは?」
「まきぐそくんだ」
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登場するキャラクターは唯ちゃん(河村唯(アイドリング!!!12号(うめ子)))のアイデアによる。
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2015年11月20日追記
「馬のゴン太旅日記」という絵本(原作:島崎保久、版画と文:関屋敏孝、出版:小学館)がある。私はそれを過去に読んだことがあった。
11月20日、原作者の島崎保久さんの書かれているブログがあることをネットで偶然に知り、懐かしくなって見に行った。それは「馬のゴン太の大冒険!」というタイトルで「馬のゴン太旅日記」をノベル化したものであった。その第01回を見て、私は少なからず驚いた。
第01回は2009年の6月28日付であった。一方、2015年7月9日に私は「小野平八郎の憂鬱」という記事を書いた(このエントリー)。
驚いたというのは、島崎さんの書かれた第一話に、私がその約6年後に書いた「小野平八郎の憂鬱」が似てしまっている、という印象を受けたことによる。
「吾輩は猫である」を下敷きにした導入部、生き物が少年(子供)風の語り手となって話を進める形式などが特に似てしまっているように思えた。
これまでに島崎さんのブログを見たことはなかった。よって真似をしたわけではないのだが、つまり偶然似てしまったのだが、たまたまどちらのブログも見た人がいたとしたら(このブログを見ている人は極々少ないだろうが、あくまで仮定の話である)、「小野平八郎の憂鬱」というのはゴン太の第01回をパクって書いたものではないのか? けしからん! となりかねない、とも私は思ったのだった。
独立に書かれたものであることをここに強調したい。
(ナメクジ小野平八郎を発案したのはもちろん河村唯さんである)
そんなこんながあって、島崎さんのブログ、実はまだ第01回しか読んでいないのであった。
第02回以降を読むのが楽しみである。
島崎保久さんのブログ
「馬のゴン太の大冒険!」-『馬のゴン太旅日記』ノベル化版-
http://ameblo.jp/gonta-shimakun/
こちらが「馬のゴン太の大冒険!」第01回
http://ameblo.jp/gonta-shimakun/entry-10288449181.html
以上