横綱の酒井瞳は土俵入りを控えていた。付き人たちがあわただしく支度をしている。
「しもた! 太刀を忘れてきたわ」
大きな声を挙げた付き人がいた。太刀持ちの刀を忘れてしまったのだ。その付き人は、同じく付き人の朝日奈央に「自分は別の用もあって忙しいんだ。代わりに部屋まで取りに行ってくれないかなぁ?」と声をかけた。「いいですよ!」相撲部屋へ朝日は向かう。
道中、道端にひとりの少女が壁にもたれて座わりこんでいるのを見かけた。よく見ると、頭に太刀が突き刺さっている。側頭を刃が貫いていた。
「うわああ。物騒だなあ」
朝日は思わずそう声を漏らしたが、取りあえず部屋へ急いだ。
しかし、部屋には入れなかった。留守だったのだ。鍵も持ってきていなかった。困った朝日は「あの子に刺さっていた太刀を少しの間だけ借りよう。土俵入りが太刀なしではたいへんだから」と独りごちて、少女のところへ引き返した。
少女は全く動かない。手にはスマホが握られていた。画面に書きかけのブログが映っている。タイトルは「ゾンビった。」――朝日は、かわいそうだな、代わりに送信ボタンを押してあげようかな、と思ったが、まずは太刀、と意を決して刀の柄に手をかける。
「ごめんね、ごめんね。すぐに返すからね」と涙を流しながら、それでも力を込めて柄を引く。太刀が抜けた。そのとき、どこからか声が聞こえてきた。
「あなたこそ真の王子でございます」
いつの間にか、朝日の目の前には眼鏡をかけた背の高い男が立っていた。男は、コサカという地方に住む大魔王マーリンだと名乗った。そして、こう続けた。
「この石田氏より太刀を引きぬくことができる方こそ、真の王子アーサーなのでございます」
こうして、朝日奈央は王子アーサーとなり、太刀を抜かれた石田佳蓮はゾンビとなり、時を同じくして、控え室の神棚に飾ってあるリャン因子とウー因子を取ろうとしてたまたま脚立から転落してしまった横綱の酒井もゾンビになった。三宅ひとみ、倉田瑠夏、尾島知佳もゾンビになった。少し遅れて関谷真由もゾンビになった。6人のゾンビたちは、さらに5人のゾンビをオーディションで選りすぐり、仲間にした。
11人のゾンビはアーサー王子に宣戦布告した。
一方、ある動物園の中央に位置する大きな湖に、ひとりの乙女が出番を待っている。湖の姫だった。
湖面に立つ姫は、剣を掴んだ状態で水中から突き出ている腕を遠くに見ながら、こう言った。
「アーサーがもし戦いで太刀を折ってしまったら、あの手に掴まれている剣をアーサーに差し上げよう」
湖の姫はニムエと呼ばれた。またの名を佐藤麗奈といった。