こんにちは。




この世界にどれだけのカサンドラの方がいるんでしょうね。




私はカサンドラになってから、どのくらい経ったのだろうと思う時があります。




そもそもどの辺りでカサンドラになってしまったんだろうか…。




まぁそんなの正確に分かるなんて難しいですよね。




何ならカサンドラになる前だって、すんご~く辛かったのだから…。




というか、なる前と思ってる期間も含(ふく)めてもう既(すで)にカサンドラになってるのかも知れませんね(笑)







私は現在、殆(ほとん)ど姉1と話をしていません。

注)姉が二人いるので姉1姉2で区別しています。




同じ家に住んでますが、出来るだけ会わない様に過ごしてます。




私の生活は、正直言って不自然です。




時々面倒くさい、いや結構な頻度で面倒くさい日々を過ごしてるなと感じてます。




正直いつまでこうしているんだろうと思います。




もし、私が怒ってるだけなら、気持ちを立て直す努力も出来るかもしれない。




でも身体が無理なんですよね…。




私は、姉1の姿をまともに見ることが出来ません。彼女の声や彼女が出す物音さえ聞く事が出来ません。




兎に角(とにかく)全てが刺激となってしまって、以前と同じ生活をするとなると自分を保っていられなくなりそうになるんです。




でもこれは私だけではありません。




カサンドラの方が、カサンドラのきっかけとなったアスペルガーの人の物音を聞くだけでストレスを感じる、または恐怖を感じる、そういったことは珍しく無いんです。




これは多分、脳が『もう無理。』と言ってる状態だと思います。




そしてこれが最終形態。




その前に『何もやる気がでない』

『もうこんなんじゃ、○んだ方がいい』

そんな気持ちを通りすぎてる筈(はず)です。




そんな状態になった場合、鬱では最悪の状態ですよね?




でもカサンドラには、その先があるんです。




カサンドラを『鬱病』ではなく『カサンドラ症候群』と呼ぶのは、カサンドラのキッカケとなったアスペルガーの人以外と接する時は普通でいられるからです。




この場合『あの人、アスペルガーかもしれない』という人に出会う機会があったとしても、深い交流が無ければ普段の自分でいられます。




全てのアスペルガーの方に拒絶反応が出る訳ではないんです。




実際私も姉1以外の家族に拒絶反応は出てないのです。




理由は相当ストレスの掛かるやり取りがあったからだと思います。多分姉1が家族の中で一番アスペルガーの特性が強く出ています。




対処法がない事の絶望感とそれまでのストレスが頂点に達すると(まだ頂点あったのかって感じですけど…)身体も心も長期休暇を求めてきます。




ストレスの対象の存在を忘れる事以外では心身の回復は不可能です!…とシャッターを下ろされる感じです。




ではその後はどうなるのか…。




アスペルガーの方と離れる選択をして幸せを感じられる自分を取り戻す方、




相手が夫婦という関係性で離婚を選択せず、別居という形で症状を和らげて過ごしている方、




離れることは難しくモヤモヤしながらも何とかやり過ごすことが出来るようになってきた方などがいらっしゃると思います。




最後のパターンは、なかなか職場などでは難しそうですが…




夫婦でしたら、アスペルガーの特性を知って捉(とら)え方が少し変化し、愛情という感情をぶ厚い壁の向こう側にとりあえず一旦置き、『無』になることでやり過ごす…




つまり兎に角(とにかく)日々をやり過ごす事に重点をおく方法ですね。

お子さんがいる方や経済的に離婚が出来ない方はこの方法しかないんですよね…。




私はというと…ちょっと複雑ですね。




取り敢えず、今のところ『無』に徹(てっ)して日々をやり過ごしてはいますが

、はたしてどんな結末?を迎えるのでしょうか…。




もし、相手が旦那さんだとしたら私の性格上(せいかくじょう)、既(すで)に離婚していると思います。




でも現実は、私の家族はみんなアスペルガーで、年老いた両親が居て…。




本当なら姉妹三人で介護していきたい。




そして今、もしもこの現状で家を出る選択をしたのなら…親の御葬式にさえ出られなくなるのではないかと思ってます。




一度この家の敷居を跨(また)いでしまったら、仕方なく姉1と顔を合わせることが私の中で今よりも物凄く大きな憂鬱の種になってしまうのではないかと思ってしまうのです。




もしかしたら発作を起こしてしまうかもしれない。




それに家を出てしまったら、姉1以外の家族にも会いにくくなり、久々に会う度に年老いていく家族を見て、漏(も)れなく罪悪感に悩まされそうです(笑)




そう思うと、この場所に居たまま、私の心と身体が少しでも回復していく方が今のところ…悪魔でも今のところですが最善なのかも知れないと思ってます。




でもこの不便な生活をいつまで続けられるのか…。




正直、先の見えない不安はありますが…そんな時は私は、悩みから焦点をズラす様にしてます。ボヤッとした感じで現実を見る(笑)




結局、起こることは起こるし、起こらないことは起こらないんです。




前を見れない時は、足元だけ見てれば良いのです。




悩んで落ち込みそうな時は何も考えない

で良いんです。




そのうち立ち上がれる日が来るはずだから。




だから、そうしちゃう事でオッケーに

してます。






アスペルガー視点から考えれば、カサンドラが話さなくなるこの状態というのは、一体どんな感じなんでしょうね。




『何でいつまでも怒ってるんだろう。』




『自分はこんな風にしか生きられないんだからしょうがないじゃん!そもそもそんなに酷いことした?いつまでも避けられる身にもなって欲しい。本当に酷い。』




『人の事を否定することばかりしないで受け入れる事を学べばいいのに。』




……こんな感じなんですかね。




私だって、避けられてるって事だけに焦点を当てれば、されてる側は辛いと想像します。




言葉にして言ってはいないですが、話し声も聞きたくない、正確に言うと聞けないですが…まともに鉢合わせしたら発作が出るかもしれない…なんて言われたらショックです。




でも私は怒ってる訳ではないんです。怒りはしたけど、この状態は理屈では無いんです。




もし、これがただの喧嘩だったらどんなに良かっただろう…と思います。




それだったら私は、きっと自分が悪いと思えば、まずは謝ったうえで話し合おうとするし、相手にどうしても止めて欲しい事があるのならきちんとその旨(むね)を話し、その時、自分も謝ると思います。




例え相手がその話し合いさえしてくれない様子だとしても、あまりにも長い間、会話もしない状態が続けば手紙やメールなどでアクションを起こすと思います。




アスペルガーの方って、あまり自分から動く事が得意では無い気がします。




そしてアスペルガーの方の思考って、物凄く被害者的意識が強いんですよね。




私はそれが人とコミュニケーションを取るうえで、一番上手く行かない要因になってると思います。




とても小さい事をを大きくしたがる割には、人にした酷いことは『こんな事で怒るなんて…』と責めてくるんですよね。




まぁどちらの立場になっても、人を責めて被害者になりたがるのですよ。




器用ですねぇ~(笑)




結局、相手はいつも加害者です。




カサンドラになった人は『私の言い方が分かりにくかったのかな?』とか『優しくなかったのかな?』と自(みずか)らの言動を振り返ります。




でも何を言っても、言い方を変えたとしても、結局は加害者にされるんです。




それを『生まれつきそういう脳なのだから仕方ない』で済ます事が出来る人は中々いませんし、




いたとしてもその言動を許してくれる人以外の方とのコミュニケーションをアスペルガーの方は、はたして上手くやれているでしょうか?




世の中には、色々な人がいるんです。

アスペルガーの言動を見過ごせないで怒る人だって沢山いると思います。




でもそれを本人は気付かなかったり、気付いていても姉1の様に現実から目をそらして気付かないふりをしたりする人もいると思います。




そしてその相手の方は、大抵もの凄く怒っていても、その内容には深く触れてはくれません。




家族でなければ、恋人でなければ、親友でなければ、特性について話をしてくれる人は少ないと思います。




誰だって人とトラブルを起こしたく無いからです。




でも気付いてください。




自分の言動を振り返って下さい。




今後会わずに済む人は『会わない』選択をし、無言で去っていってしまうかもしれないんです。




そして、そのままだったら大切な人だって失ってしまうかも知れないんです。




大切な人と良好な関係を築きたいのなら自分を知る努力をどうか惜(お)しまないで下さい。




私はアスペルガーの特性は個性だとは思っていません。




個性だとしたら、年齢も性別も住む場所も環境も違っているのに、カサンドラの方のブログに登場するアスペルガーの方達がこんなにも似てるわけが無いんです。




私はアスペルガーは変われると思います。変われないと思ってるけど変われるとも思ってます。複雑ですね(笑)




世の中には『絶対』なんて無い。




いや、ちょっと違うか…。




何かを『絶対にない』と言ってしまう思い込みがある。




だからその思い込みを外して、




その先に行って欲しいんです。




その方がお互いが幸せに近づくと思ってます。




何かを言われた時の言い訳として『自由』でいたいと言われますが、




貴方が自由なら、私が不自由…ではなく、貴方が自由なら、私も自由な筈なんです。




私も貴方も皆が『自由』であるべきなんです。