※この時のことは、
冷静になった今でも、うまく言葉にできるか、自分の説明があっているか、自信がないのですが、
記憶に残したいことでもあるので、書いてみます。
長文のグダグダな内容です。





とにかく、急いで、急いで、
涙が止まらないけど、
必死で山の方に逃げました。

一度も通ったことのない道を通り、
山の中腹にある大きなホテルの横を通り、
さらに山奥へ進んで、
広場のような、ちょうど車が数台止められるような、平らな土地にたどり着きました。

私がさっきまでいた場所は、
遠くに霞んで見えていました。


旦那が追って来ると思って必死で逃げたんじゃない。

とにかく、今ココからどこかへ逃げたかった。


私自身の存在、そして、私が一生懸命頑張って守って来た会社や仕事を、まるで無価値であるかのような扱いをされ、

正常な思考があれば、
その扱いを跳ね除けて、
戦うか、もしくは別の世界に行くこと(離婚)を選択すればいいのだろうけど、


モラハラ、DVをうけるうち、つまり人格全否定をされているうちに、じわじわと自尊心が失われていっていました。


私は「無価値」

と、バーンと顔面に判子を押され、
それを自らも、認めました。


私は生きていても仕方ない。
どう生きて行けばいいのかもわからない。
誰も私の言葉は聞いてくれない。


元彼Kさんに好きだと言ってもらったり、友達にたくさん話を聞いてもらったりして、気分が良くなって、少し自尊心を取り戻していましたが、


もう好きじゃないと思っていたはずの旦那に、いとも簡単に、それは奪われました。
私が選んだ旦那ですから。
旦那に1番に認められることが、私が私を認めることになるのでしょう。


ガードレールも冊も何もない広場。
車を停めましたが、
エンジンは止めずにいました。


遠くの景色を見て、
もうあそこに戻りたくない、と絶望し、
車から数メートル先の崖の下に目線を下ろしました。


目を瞑って。
アクセルを思いっきり踏めば、、
死ねる。


さっきと同じように、
アクセルを踏んで急発進したら、
きっと死ねる。


木が茂っていて、
どれぐらいの高さかわからないけど、
即死だったら痛くもないんじゃないか。


即死できなくても、もしかしたら、
人気のないこんな山奥だから、
数日誰にも気がつかれず、援助も来ず、
くたばってそのまま死ねるんじゃないか。


踏もうか。
踏もうかと、右足に神経を集中して、
ハンドルを握りしめた。

何度も自分で自分に、「行け」「行け」と
号令を出したけど、
意気地なしな私は、踏めませんでした。


その時頭に、浮かんだのは、両親。

両親はきっと、何年も泣いて暮らすことになるかな。

そして、先日会って話を聞いてくれた友人たちは、もしかしたら、本当はそうじゃないのに、とても感謝しているのに、自分を責めたりしてしまうんじゃないかな。

と思うと、やっぱり私にはそんな酷いことは出来ないと思った。


自分だけ楽になって、残された人に苦しみを押し付けるなんて、出来ない。



私は、22歳の時に、友人を自殺で失っています。

通夜で、泣き崩れているご両親の様子を目の当たりにし、
しばらく連絡を取っていなかった私でさえ、
最後の会話を思い出し、あの時もっとこうすれば良かった、救ってあげられたんじゃないかと、自分をとことん責め、何年も苦しみ悲しみました。


自殺した友人と幼馴染みであったYちゃん(私の友人でもある)は、自分を責めるあまりに、精神のバランスを崩し、通夜葬儀にも現れず、翌週に予定してた自分の就職試験にも行けず、その年は結局どこにも就職できませんでした。


私とYちゃんとはその後、毎晩のように会って、亡くなった友人の話だったり、なんでもない世間話をして、時を一緒に過ごしました。


今回、故郷で会った友人の中に、Yちゃんもいます。。。


他の人のことを思うぐらいなら、自殺なんてできないですね。


22歳の時に本当に自殺しまった友人は、周りのことなんか見えないぐらい、相当苦しかったんだろうなぁ。。と改めて考えているうちに、、


ただアクセルペダルを踏むだけのこと、
だけど出来ない、

死ぬのって簡単じゃないな、

という答えに辿り着きました。


生きるのも簡単ではないけど。