父に問われていること | カフェを使う人、作る人。すべてのカフェを愛する方へ「こんにちはMiLDAです」

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勢いと熱意だけでオープンした小さなカフェもはや4年。華やかに見えて実はどん底の経営から急浮上。良いことも悪いこともぜーんぷぶっちゃけますよ繕うのはもうやめました~

父が急逝しました。

お店が終わって家に帰る道中で受け取った、父が救急搬送されたのと知らせ。

取るものも取らず、夜中車を走らせて宮崎まで帰りました。

手術が終わったばかりの父の顔を3分ほど見たあと、
病院側から
他県から移動してきているのなら病院には来ないで欲しいと言われました。

そして、ICUで付き添う母にも妹にも会わないでくれと言われました。

私は生きようとしている父の側にも
憔悴している母の側にもいることができず

ビジネスホテルに滞在しました。


延命治療をしないと言う確認も
父の訃報も
電話で受け取りました。

すぐそこにいるのに
私は父の最期を看取れませんでした。

お通夜もお葬式も極少人数で行いました。


あまりにも急すぎて、半分は現実、半分他人事のようです。

ひとつ言えるのは、
私はまだ最期を看取れなかったと言うだけで、
そのあとは荼毘にふされるまで、ずっと父と一緒にいることができました。
そして何年分もの涙を人目も憚らず出せました。

でもコロナウイルスで亡くなった方は何のお別れもできないままお骨が帰ってくるだけです。
ご遺族のお気持ちは測りきれないです。


正直私はコロナを甘くみていたのだとおもいます。
感染予防をきちんとしていれば、
そもそもがさほど混まない店だから
店を望んでいる方がいる限りは開けていようと思っていました。
売上を補填するためのお弁当もできるだけたくさんご予約を取りたいと思っていました。
経営上のことも考えて、普段通りにすることが一番なのではと考えていました。

でもコロナの怖さは
罹患する、感染するということだけではなく、
関係がないと思われるところに、悲しみや不自由さをもたらしてしまうところまで、私の意識は遠く及んでいませんでした。

私のお店には今現在でも大切な家族とは別々に暮らす方がたくさん来られます。

その方々にもし、私と同じことが起こったとき、
私と同じ思いをして欲しくありません。

こんな小さな私の店でも、営業自粛をすることが、一日も早い感染の終息に向かうのなら、私は店内営業も、テイクアウトもやめるべきなのではと思い始めています。

店をダメにしたくないという思いとの狭間で迷っています。

少しだけ、時間が欲しいです。