間違いのもと。
共感…
あるかも知れない。
同感…
同意…
するかも知れない。
あくまで可能性の問題。
しかし、それは、すべてじゃない。
人が、感じることは、
決して同一なはずが、ありえないもの。
なぜなら、人には、それぞれの感受性、
いわゆる価値観というものが、あるから。
誰かと同じ価値観だと言い張る。
それは、勘違い。
そうありたいという希望的観測。
ただ、どちらかが、合わせているだけ。
多少の共通項は、あるのかも知れない。
それだけのこと。
根底にあるのは、
孤独になりたくないという弱い心。
妥協、合意、同調することの
気楽さ、曖昧さだけに、支えられてしまう。
自己主張、反論は、得てして人を孤独にする。
流されて生きることは、
無責任で生きられることの証明。
運命共同体としての部品に徹する。
上手に、協調性のある、生き方のひとつ…
代償として、痛みさえ、同感させられる。
また、たくさんの賛同者を従える存在を目指す。
祭り上げられるという立場の向上。
すべてが、いいなり、まかりとおる毎日。
イエスマンに、囲まれる快感。
裸の王様の居心地良さ…
それは、ある意味、こっけいな道化かも知れない。
奪われ、切り捨てられることの恐怖と不安。
椅子取りゲームのような不確かさ…
どちらを選んでも、永遠の安定では、ありません。
一時しのぎには、なるかもわからない。
めまぐるしい環境の変化の中。
正しい生き方なんて、ない。
時代なんか、明日変わるもの。
臨機応変な移り身こそ、長生きのこつ。
よく把握してないと、どうにもならない…
乗り間違えたら、
地獄行きのジェットコースターだったりするかも。