岸恵子さんの訃報を伝えるTVニュースやワイドショーを見て、日本のTV界には岸恵子さんへのリスペクトが足りないと感じました。コメンテーターの「僕は良く知らないけれど」みたいな発言はあんまりだと。
女優でありジャーナリストでもあったとされるその姿勢は、もしかして日本の現政権とは相容れないのでは?それだから簡素な伝え方をしたのだとすれば報道の自由なし崩しにされる潮目かとさえ思えて。
岸恵子さんは、1957年から75年にかけてフランス・ブルジョワジー、医師で映画監督の故イブシャンピ氏と結婚生活を送り当時のヨーロッパ情勢を肌身で体感されています。
第二次大戦後のヨーロッパ情勢など私たちは知らない。今の日本では、世界のことを知っているつもりになっていたり、世界なんてどうでもいいと思っていたり…知らないことを知っておくことが今後の備えになると思う人は数少なくなっているのかも。
そんなときNHKでやっと、岸恵子追悼番組を見ました。
日曜美術館1995年の「ダリ」。あの「ぐにゃりと柔らかい時計」のダリとシャンピ氏は知り合いで、脚本執筆のためダリ邸に長逗留したそうな。
かつてダリの隣で撮られた、女優の貫禄を示しつつ佇む若き日の岸恵子さんが被る、深々した真っ赤なストローハット。
数十年を経て住む人のいなくなったダリ邸に向かって、大きなセダンを駆って海際崖っぷち山道をひた走る岸恵子さんの姿。
そのビデオを見ながら1995年のスタジオでのトークが面白かったです。
ダリの絵は、柔らかい時計以外にも、なんでこんなこと思いついたんだろうと感覚揺さぶられる絵がたくさんあります。
カラのスープ皿に残ったインゲンマメ数粒と、ヒトラーの切り取られた小さな顔写真が底に貼り付いているのもあって…スープ皿に入ったスープなどなかったのかも。
さて、ダリやイプシャンピ氏たちはダリの御殿でどんな会話を交わされたんでしょうかね。
離婚されてから岸さんは、「ベラルーシの林檎」というエッセイを出版されました。
ソ連の話です。シャンピ邸にソ連から逃れた人を泊めたりしたのだったか、私も敷居高くて読んでいませんが、ウクライナの事情も分かるでしょうか?
まさに今読んだほうが良い本では?
