30才目前で始めたフラメンコでスペインで生きる -28ページ目

30才目前で始めたフラメンコでスペインで生きる

フラメンコ踊っています☆ 

スペイン滞在の日記を中心に書いていきます☆☆

前回のブログでちらっと書いたが、私の人生は移動が非常に多かった。

私の出身は奈良だけど、もう家も人の手にわたってしまったし、両親も関東に住んでいるので、もう奈良には幼馴染しか残ってないない。


だdから、近所の人とか、お店の人とかに『あら~大きくなったわねえ』とか、『もう嫁にいく歳か。。。』とか言われるのがすっごく夢だった。


大きくなっても、ご近所づきあいとか、商店街の人と仲良くなろうとか、それなりに試みたけど、日本だとなかなか難しかったりする。




ところが、スペインにおいて、私は変な知り合いが多い。

例えば、私は日本人の友達とよく近くのハンバーガーショップに行くので、友達を探す時は大体店を覗いてみる。すると、いつも来ているカップルに『今日は来てないよ!』と教えてもらったり。


いつも行ってるタブラオ(フラメンコショーが見れるところ)の従業員に道で会うと、おしゃべりしたり、お茶をごちそうになったり。


関係ながタブラオには行き尽くしたので、出演者もそうだけど、従業員やよく来るお客さんとは全員知り合い。

おかげで、一人で行っても、今は退屈しないで過ごすことができる。


あとは、インフォメーションセンターの日本語を話すお姉ちゃんと、しゃべりこんだり。


スタジオの建物には市場が入ってるんだけど、買わなくても顔を知っているので、しょっちゅう挨拶を交わしたり。


スペインのパンは日が経つと岩みたいに固くなるんだけど、私が買っているパンはその中でもさらに固くてひどいんだけど、店員さんとよくしゃべるのでどうしてもそこで買ってしまう。


どの人も、久しぶりに会うと『どうしてたの???どっか行ってたの???』と微妙に心配してくれたりする。



私が憧れたたことが、なんとスペインで叶っている。

まだ1年ちょっとしか住んでないのに。


だからといって、名前さえ知らないのだけど、こういうわけで近所を歩くと必ず知り合いに遭遇する。


スペインは、それがアダになるときもあるけれど、このゆる~い感じが助かる時もある。

トイレとか借りれるしね(笑)

あと、ドーナツ屋で買わないのに友達待たせてもらったり。

ホテルのロビーですか?って感じ。

八百屋さんとか、ちょこっとだと、『いいよ、あげる』とかくれたり(笑)



この『完全な友達』でない関係が、なんかオモシロイ。面白いので味わっている。


これはでも、スペイン人のなつっこさがなせる技なのかなーと思う。


2012年は変化の年と言われていて、自分や身近な人の周りで変化が起きると。


実は、2012年は、知り合いが4人亡くなった。


一人は、同い年のバイラオーラ(踊り手)

彼女は、単身スペインに渡り、こちらで14年過ごした。こちらでは、バルセロナの舞踊団員として活躍したり、とても活動的な方でした。私の知らない事をたくさん教えてくれたり、こちらでの生活において、踊りにおいてアドバイスや意見をくれたり、とても頼もしい存在であったし、色々と話が聞けてとても刺激的な方でした。

スペインにいると、外国にいると、時々、大海原に放置されたような孤独を感じたりして、だから、こっちにいると日本人のバイラオーラの友達は、なんていうか戦友みたいなもので。

その彼女は『もうすることもないから、日本に帰国するわ。その前にアメリカに行ってくる』という言葉を残し、旅先のアメリカで突然亡くなってしまいました。14年いたスペインでもなく、やっと帰れる日本でもなく、旅先のアメリカで。

風のように生きた人でした。好きなことをして、好きなものを食べて、そして風のようにいなくなってしまった。



二人目は高校時代の友達

かわいくて明るくて、高校時代はよく話したり遊んだりしたけれど、卒業してからは同窓会でしか会わなかった。

でもすごく綺麗になってて相変わらず楽しくて。その思い出を最後に、報告を受けたから今でも信じられない。

病気だなんて知らなかった。


三人目は、知り合いの彼氏。

もうすぐプロポーズして、結婚しよう!っていう矢先の海難事故。1ヶ月近く昏睡状態が続き、周りの祈りも届かず結局逝ってしまった。


4人目は、うちの大家さん(ロサ)のお姉さん

闘病生活は長かったけれど、それでも時々家に来て楽しそうに過ごしていた。長く話すと疲れるみたいだったけど、サロンのソファに座って餃子を一緒に食べたりした。ロサに聞けば、最後はすごく安らかだったという。ロサ自身もすごく満足していた。



人が亡くなるというのは、大きなエネルギーが動くと思う。


逝ってしまった本人はもちろんだけど、周りに与える影響もすごく大きい。


私は人の死というのは、意識が肉体を離れるだけで、意識自体は永遠として存在しているだろうと信じている。だから、亡くなった方と交信する人がいても疑問も感じない。

私はお葬式の仕事を昔していたけれど、いつも思うのは『お疲れ様』だった。それぞれが、人生を全うし、生き抜いたことにお疲れ様と言いたくなる。だから、死というものが、別の意味で言えばお祝いにも値するのではないかとも思っている。

そして、いつか会えるだろうなーとも思っている。



それでも。


やっぱり、悲しくて。

お茶をしたり、触ったり、そういうことがもうできないんだなあと思うと寂しくて。


私は別れが小さい時から大の苦手だ。寂しくて仕方がない。卒業式とか、誰かが転校するとか、会社の送別会でもだ。別れ自体がさみしいので、会社の送別会とかはあまり親しみのない人でも嫌だったりしていた。

それは私が、小さい頃から父の仕事の関係で引越しが多かったこともある。


なのにだ。人一倍、別れが苦手なくせに、私は過ぎ去った人の事を思い出さない。というか、正確には覚えていない。顔や、その時過ごした楽しかった感覚は覚えてるのだけど、というか思い出そうとすれば思い出せるのだけど、その人の名前とか、誕生日とか、何をしたかとか言ったとか、色々な事を覚えていない。どんなに仲良くてもだ。付き合った男性の名前すら覚えていない。あんなに大好きだったのに。

多分それは、あまりに別れが嫌なのと、移動ばかりの人生に対応するための子供の頃からの私の対策だったように思う。

そう、私は、思い出に浸る。。。ということをしないのだ。


そして、自分がそんなだから、人もそうだと思っていて、離れたら、忘れ去られると思っているから、別れが
人一倍嫌だったのだろうと思う。


でも、覚えてるとか覚えてないとか、本当はどっちでもいいのかなって思うようになった。

なぜなら、私は全てを取り込んで生きてきたし、私自身がこれまでの人との出会いを全て含んでいるから。

私が生きているだけで、今まで出会った人が私の中で生きているということだから。

もう名前も顔も存在さえも覚えてない人でも、私の奥の深いところではきちんと刻まれていて、私の一部にあって生きていることを思えば、そうして、相手の心にもそうやって私が存在していると思えば、すべてがつながっているということも、永遠に続いていくということもなんとなくわかる気がする。


なくなってしまった人も、私の体の一部で生きてる。


そう思おう。


もう一度触れたいけれど。


だって、亡くなった人たちは、悲しむべき人たちじゃないから。

どんな人も、自分の人生を生き抜いた人達だから。


そう思おう。




個性っていうものは大変な差があるもので。

女性とか、国籍とか色々とくくりはあるけれど、もう個人って考えただけで随分考え方に差はあるものだとは私も十分わかっているつもりだけど、ここスペインにおいては、想像力をどれだけ駆使しても相手の考えが全くわからない時もたくさんある。


先日、友人が駐車場に車を止めに行った奥さんと電話で話してた時の事、

だんだん声が荒くなって雲行きが怪しくなったまま電話を切った。

『全く!今彼女は、女性の欠点のど真ん中にいるんだ。何を言っても嫌だ嫌だって言うんだよ』

『どういうこと?』

『こうしたら?って言っても嫌だ、ああしたら?って言っても嫌だ。好きにしたら?って言っても嫌だ、一体どうすりゃいいんだい?でも女性の多くはこういうものだからね』

『私も女だけど』

『うん』


・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


分からねーーーー!!!!!!


どういうこと?あれもいい、これもいいならわかるけど、あれも嫌、これも嫌?

選択権の中にいいものが一つもないなら、そもそも選ぶ必要がないじゃない?

しかも駐車ごときでどうしたらそういう状況になるんだ????



そしてまた別の時。


友人が私の知らない単語をいったので、『それ、どう言う意味?』と聞き返した。


『一度言ったことと、全く反対の事を言うってことよ』

『?』

『例えば、これが食べたい!って言ったのに、すぐ食べたくない!って言ったり。

これが好き!って言ったのに、すぐ好きじゃない!って言ったり』

『????』

『例えば、この紙を私が破る!って言っも、すぐ、破らない!って言ったりね。

言ったことに対して、すぐに反対の事を言うってことよ』

『どうしてそんなことが起こるの?なんですぐに反対の事をいうの?』

『さあ。でもよくあるでしょ?気分っていうか』

『???????????????』

『・・・・・・ひょっとして、ないの??』


分からねー!!!!!!!!


もうね、こういうの山ほどありますよ。

そりゃね、外交摩擦起きますよ。お互いが歩み寄ろうとしなければ。

っていうか、想像を駆使しても全くわからない。

どういうこと?


そして。


思いやりっていう言葉を私がスペイン語で探したとき、いくら探しても辞書には載っていなくて。


友人に聞いてみた。


『思いやりってスペイン語でなんていうんだろう』

『思いやり?』

『うん。相手の気持ちを汲み取ったりすることよ』

『SENTIRね』

・・・・それは、ちょっと違う。いわゆる”感性とか、感じる”という意味。

『simpatizar』

・・・それもちょっと違う。共感とか、気が合うとかの意味。


『うーん。なんていうかな、相手の気持ちや思いをわかるということよ』

『ああ、サイキックね』



!!!!!!!!!!!!!


なんと!!!!サイキック!!!!!

思いやりはサイキック!!!!!!

確かに私の説明だとサイキックに聞こえる!!!!!



ここまで来て初めてわかった。

そう、スペインには思いやりの文化がないのだ。

だから、言葉が生まれないのだ。


で、諦めた。

私がわからないように、彼らもわからないだろう。

まして、分かろうとする気持ちももたないだろうから、想像力もないだろう。


スペインの親切は日本のそれとは違う。

日本は思いやり。

つまり相手の立場にたって親切を行う。

自分を相手の立場に置き換えて、相手の身になって考える。

これは、日本の誇るべき文化だと思う。


スペインは、親切にするときも

『自分がそうしたいから』

だから、相手の気持ちは考えず、全て自分基準で考える。

相手が毛布が欲しくても、自分が食べ物を与えたければそうするし、

仮に毛布を与えるのも自分がそうしたいからだ。


でもこれにはいいところもある。

スペインは、自分がしたいからするのであって、見返りを期待しない。

この見返りを期待しないのは素晴らしいところだと思う。

日本は相手の立場にたって親切にするので、親切を受けた方も、相手の気持ちを汲み取る。

そこには常に相手の立場を気にしている部分があるので、その思いが歪んでしまうと見返りを期待する状態になったり、暗黙の関係が生まれたりする。


例えば、おごってもらったらおごり返す、とかね。

スペイン人も考えないわけではないけど、その多くは自分がそうしたいからおごるので、

おごったりおごられたりが、バランスのとれたものではなかたりする。


使いきりの親切。

ただし自分中心の親切。


こうやって、スペインを、個性をこちらなりに理解できると、ああそうかと納得できるのだけど、

上記のように

分からねーーー!!!!!

状態も多く、そういうのは放置したまま。


ま、個人の分だけ個性があるだろうから、全部の把握は無理だろうけど、


でも面白いわー。そおおおんんな考え方があるのかと。

世の中広い!!