「臨也さん、ずっと前から好きでした」
この一言を言うために、どれだけ時間を掛けたんだろう。
臨也さんに出会ったのが、一年前。
気になり始めたのは、それから二ヶ月くらい経ってから。
臨也さんが好きだと気付いたのは、さらにその二ヶ月後。
それからは、俺の目には臨也さんしか映ってなかった気がする。
だいぶ前に沙樹が攫われた時なんかは、沙樹の安否よりも臨也さんと電話が繋がらない事の方が怖くてしょうがなかった。
それに、臨也さんが帝人に取り入ろうとした時も、帝人の事よりも臨也さんが他の奴に興味を示した事が気に食わなくて、帝人を必死に臨也さんから遠ざけたりした。
チャットでも……『田中太郎』と『甘楽』が内緒モードで話しているのが嫌でしょうがなくて、「臨也さんには近づかない方がいい」なんて送ったりしたっけ。
それだけ、臨也さんの事が好きだった。
俺だけを見てほしかったんだ。
「ははっ、紀田くんもやっと俺を愛してくれる気になったのかな?俺は君が生まれる前から君の事を愛してるよ!!」
臨也さんはそう言ってにっこり微笑んでくれたけど……それじゃまだ足りないんだ。
『人間』としてじゃなくて、『紀田正臣』として愛してほしい。
俺が初めて『女性』じゃなく、『男性』である折原臨也に恋をしたように。
「まあ…立ち話も何だから、上がって行きなよ」
「はい……」
リビングに通されてソファーに腰掛けると、臨也さんはゆったりと手を広げて言った。
「俺の愛を受け入れてくれた人間は君で二人……いや、三人目かな?まあ、それはそれとして一応お礼を言っておこうかな」
やっぱり俺は、臨也さんに『人間』としてしか認識されてない。
その事実が、どうしようもなく苦しくて悲しくて。
だから……だから俺は、自分から臨也さんの胸に飛び込んだ。
「おっと!……紀田くん?」
「……嫌です……」
「?」
「人間としてじゃ嫌なんですよ……」
「……うーん……それは……どういう意味の『嫌』かな?」
臨也さんは『とりあえず』と言う風に、長い腕で俺を包み込んでくれた。
しなやかな筋肉で覆われた、細い腕。
これまでに何人もの人間を壊してきた情報屋の腕とは思えないほど優しくて、暖かかった。
「人間としてじゃなくて……紀田正臣として愛してください……我が儘だって解ってます……でも俺……俺は……っ」
臨也さんへの想いが、涙と一緒に溢れてくる。
まるで首を絞められたみたいに苦しくて、呼吸さえもままならない。
俺……いつの間にか、こんなにもこの人を好きになってたんだ。
「……ねぇ、紀田くん」
ふいに、臨也さんが俺の体を突き放した。
「……ッ……臨也、さん……」
拒絶……された……?
「あ、の、」
上手く言葉が出て来ない。
俺が別れを告げた時の沙樹も、こんな気持ちだったのだろうか。
「そんな今にも死にそうな顔しないでくれるかな……俺はまだ何も言ってないよ?」
「あ……すみません……」
「いや、別に謝らせるつもりじゃなかったんだけど……まあいいや。一旦座ってくれるかい?」
「……わかりました……」
言われるままソファーに腰掛けると、臨也さんは俺に向けてピシッと人差し指を突き出した。
「まず一つ……俺は『紀田正臣』を愛する事はできない。これは君に関わらず、全ての個人に対しても同じだ」
「ッ……!!」
心臓が、氷の刃で突き刺されたみたいに痛む。
痛みがジクジクと這い上がってきて、吐き気さえした。
「……二つめ、」
そう言いながら、臨也さんは二本目の指を立てる。
「だけど、俺が愛して止まない『人間』としてなら、君と付き合ったりしてあげる事はできる。まあ、デートなんかは出来ない訳だけどね」
「え……?」
一瞬、思考が完全に止まった。
一度に色々な事を言われ過ぎて、頭がショートしたのかもしれない。
「ああ、勘違いしないでね。俺の恋人になるのはあくまでも俺の愛を認めてくれた一人の『人間』であって、『紀田正臣』じゃない」
「へ……あ……恋人……?」
開いたままの口から、馬鹿みたいな声が漏れる。
臨也さんはそんな俺を見て一瞬だけクスッと笑うと、また真剣な顔に戻って俺の唇に指をあてた。
「……俺は人間を愛してる。愛し過ぎてるくらいにね。だから、君が男だろうと女だろうと学生であろうと大人であろうと優秀だろうと馬鹿だろうと、俺が君を手放す事はない。この意味がわかるかい?」
「え……あの……すいません、わからないです」
「つまり、君か俺が死ぬまで俺は君を手放さないって事だよ。……君にその覚悟があるのかな?」
「あ……」
これがよくある恋愛小説だったなら、ヒロインは泣いて喜び、誓いのキスでもするんだろう。
でも、現実はそんなに甘くない。
ここで俺が頷けば、臨也さんは本当に俺を……俺という『人間』を死ぬまで愛してくれるだろう。
だけど……俺はどうだ?
つい最近まで町で可愛い女の子に声をかける事を生き甲斐とまで言っていたたこの俺が、生涯一人の男を愛し続けられるのか?
中退したとはいえまだ高校二年生の俺の人生、それでいいのか?
……それに、俺には沙樹もいる。
沙樹の事はどうするんだ?
いろいろな思いが交差して、考えがうまくまとまらない……
何にしろ、今この瞬間が俺の人生の分かれ道だ。
「……紀田くん、やっぱり一一一」
「ッ、待ってください!!」
反射的に口が動いた。
だって、何か言わなきゃ終わってしまう気がしたから。
「俺……俺、まだ子供で……臨也さんに沢山迷惑かけるかもしれません……でもっ……でも俺っ……やっぱり臨也さんが好きです!!今頷かなかったら多分俺っ……一生後悔します!!」
嗚咽と涙で言葉がぐちゃぐちゃになる。
俺、やっぱり臨也さんが好きだ。
せっかく届いた想い、ここで諦めたくない。
「……いいんだね?本当に。別れたいからってシズちゃんに頼んで俺を殺してもらうとかなしだよ?」
「そんな事……っ……俺、一生臨也さんについて行きますっ……!!」
静雄さんを使うなんて、考えも及ばなかった。
でも、本当にそうしてほしくないなら臨也さんがこんな事わざわざ言うわけない。
俺に……逃げ道を作ってくれたんだろうか。
「じゃあ……一生俺を愛し続ける事を誓いますか?」
「……?」
「知らないの?誓いの言葉だよ」
「あ……誓います……?」
「ハハッ、何で疑問形なの?」
「……誓います」
俺がそう呟くと、臨也さんは優しく俺を抱き寄せてくれた。
「臨也さん……?」
「でも、まあ……まさか紀田くんが、俺の事を好きだとはねえ……」
「何か、おかしいですか……?俺が男だからですか……?」
「いやいやいや、性別とかの問題じゃなくてさ。紀田くんは随分と俺の事を嫌ってるみたいだったからねえ……君のお友達から散々遠ざけてくれたじゃないか」
「別に、嫌ってた訳じゃありません。ただ……臨也さんが他の奴に興味を持つのが気に入らなかっただけです。」
「へえ、いいねそれ、面白い」
恋人って、こんな感じなんだろうか。
触れ合ったり、他愛のない会話をしたり……
帝人や沙樹としてきた事と同じはずなのに、どうしてこんなに心地好いんだろう。
「臨也さん、」
「ん?」
「誓いのキスがまだですよ。……なんてーーー」
ほんの冗談のつもりでで言ったのに、臨也さんは綺麗に微笑んで俺の唇に自分の唇を重ねる。
「っ⁉」
「婚約成立、ってとこかな?」
一一一こうして、俺達の奇妙な関係はスタートした。
誰だか忘れましたが、リクエストありがとうございました!←
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