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遂に明日、高校卒業。
終わりの日。 通過儀礼。
今回の卒業は小、中学校の時とは明らかに違う意味を持つ。
私が母の病の為この地に引っ越してから約12年が経つ。
母の病が治るまでの間いるつもりだったが、その母は引っ越してから5年後、死んでしまった。
その5年間、母に会ったのはたった1回。
それも最悪な再会だった。(ここに記すことも躊躇われる程のものなので省略する。)
結局、母と一緒にいたのは6年間、記憶があるのは2年間。
あまりにも少ない母がいた日々。
でも、その記憶は深く焼き付いているので今でも、そしてこれからも忘れることはないだろう。
不思議なものである。 やはり親とはそういう特別な存在なんだろうか。
そして、そんな母親と一緒に暮らした年数の倍顔を見てきたのが2番目の小学校からの同級生。
(ちなみにわざわざ2番目と表記しているのは、私がどうしても直したくない「癖」みたいなものだと思ってくれて構わない。)
そんな同級生全員とこれでお別れというのは、とっても…
嬉しい。
何故なら、これでもう過去の柵から逃れられるからである。
これから新しく出会う人には、過去の自分の情報が流れることは無い。
要するに、完璧なイメージチェンジができる訳だ。
完璧な… きっと…
過去を捨てる。 それが明日の卒業式。
さようなら。 私の汚点達よ。
散り散りになったまま、二度と遭うことがありませんように…
新しい何かを始める時、きっかけの「質」というのは、とても大事なことである。
ただなんとなく未体験の世界に入り込もうとすると、
いろんなことが一斉に頭に雪崩れ込んで、
結局は一歩足を踏み入れただけでその世界の扉を閉めてしまう。
これは私の悪癖でもある。
一日では決して何事も上達はしないのに、数時間…いや数分で、私は諦めてしまう。
新しいことが始められない体質なのだ。
ただ「やってみたい」という気持ちでは不可能なようだ。
「これをやらないと死ぬ」ぐらいのきっかけがないといけない。
でも、日常生活においてそんなことを感じるものなんてそうない。
それを趣味にしたいなどとは当然思わない。
私に大事なのは、「今迄通り。不変不動。」
という言葉がやはりお似合いなのかも知れない…

