インリン様のM字固めで、屈辱のフォール負けを喫した小川。そしてあの男の声が会場に鳴り響いた。
「チキン君!これで君のプロレス人生も終わりのようだな」
真っ白いスモークに包まれて、高田総統が姿を現した。大ブーイングが起こる愛知県体育館。
「少しは進歩しているようだな」
と、高田総統は満面の笑みを浮かべる。しかし
「何か臭うな。くさい!どえりゃー八丁味噌くせえや!」
と名古屋のファンの怒りを買うような言葉を吐き捨てる。
「せっかくの3連休にも関わらず、何の予定もなく暇で暇でしょうがない名古屋のプロレスファンの諸君。しみったれた名古屋の諸君にも挨拶しよう。我こそは高田モンスター軍総統、高田だ!」
高田総統は高らかに声を張り上げた。その光景をリング内から見つめる小川。一人ポツンと体育座りする姿が物悲しい。そんな小川に高田総統から手厳しい言葉が飛ぶ。

「そろそろ、にわか人気も下火のチキン君。プロレスを疎かにしてきたツケが回ってきたようだな。君は女性であるインリンに完敗した。日本のプロレス界に革命を起こすと大ボラを吹いている君は、今日革命的にしょっぱかったぞ」
試合前も相手が女性だからと完全に舐め切っていた小川。それで完敗を喫してしまったのだから返す言葉もない。高田総統はこう続ける。
「ここからは真面目な話だ。プロレスラーはただ強いだけじゃダメなんだ。心理戦にも強くなければならない。君はしょっぱい上に心理戦はダメ。サイコロジーさえも理解出来ていない。プロレスラーにとって何が大切かを本当に分かっていない」
この高田総統の言葉には会場も納得。もはやブーイングを起こすファンはいない。誰もが総統の言葉に真剣に耳を傾けている。
さらに高田総統は
「君は私をリングに上げるとほざいているが、いつになったら私は君と戦うことが出来るんだ?いつになったら私をその気にさせてくれるんだ?」
と小川に問いかける。
「これ以上、この中途半端な観客の前で、四十前の君に説教する事は無意味だ」
黙り込む小川に高田総統が屈辱この上ない言葉を投げかけた。
「インリン!今日はよくやった。さすが我がモンスター軍のNo.2だ。褒めてつかわす」
高田総統の言葉を受けて、インリン様は笑みを浮かべる。そして高田総統から
「最後に例のM字ビターンで、名古屋のスケベ極まりない下々の諸君たちをたっぷりと洗脳したまえ!」
とM字ビターンの指令が下された。一気にヒートアップする客席。花道にM字ビターン台が用意されると、インリン様への声援はより一層強くなる。台の前に立ったインリン様が
「暇で暇でしょうがない、モテないプロレスファン!M字ビターンを見たいの?」
と煽ると、
「見たーい!」
とファンの大声援。さらにインリン様が
「そんなに洗脳されたいの?」
と煽ると
「されたーい!」
と声が返ってくる。もはや名古屋のファンは、すっかりインリン様に夢中だ。
「声が小さい!お前らやる気あるのか?」
と島田二等兵。アン・ジョー司令長官も
「このままじゃ、ミーのM字ビターンを見ることになりマスヨ!」
と叫ぶ。これで会場は大インリン様コールだ。そして遂に高田総統から
「その台は優れものだな。やりたまえ!」
とゴーサインが出る。
「じゃあ行くわよ!3・2・1、モンスター!」
高田総統のテーマに乗り、インリン様のM字ビターン、名古屋初お目見えだ!!この日一番の盛り上がりを見せる客席。『ハッスル7』は完全にモンスター軍色に染められてしまった。
「最後に一言だけ言っておこう。今日は何を見に来たんだ?バッドラック」
高田総統の捨て台詞が、会場にこだまするのだった。

高田総統が引き上げた後、ゆっくりと立ち上がった小川。エプロンサイドから川田利明が険しい表情で小川を睨みつけている。マイクを持った小川は
「今日は不甲斐ないところを見せてしまいました。大きなことは言いませんが、負けてもハッスルさせてください」
と弱々しいアピール。心なしか客席からの声援も小さい。
「俺はどん底まで落ちました。そこから這い上がるぞ!」
と、たった一人で虚しさ漂うハッスルポーズを決めたのであった。すると小川の元に駆け寄る川田。肩を落とした小川に手を差し伸べたと思ったその時だった。なんと川田は小川の顔面に張り手をお見舞い!さらにミドルキックを叩き込んだのだ!あっけにとられる小川を背に、川田は無言のまま控え室へと去っていた。
関係者も驚く予想外の行動に出た“ハッスルK”川田。一大ビッグイベント『ハッスル8』を前に小川とハッスル軍に暗雲が立ち込めた。