♀へ性転換実話
電車がとおるたび、
このワンルームは
がたんがたんと、ゆれた。
鼓動が脈うつ、
ベッドの上。
わたしは彼のうでのなかで、
かおをうずめ
おとが遠くなるのを、まつ。
彼の心臓のおとがきこえる。
緊張で、こわばったリズム。
その奥にかくされた
彼の野性的な温もりが
冷えたわたしの肌につたわってくる。
ゆれる家に抱かれたわたしは、
――ゆりかごみたい
と
おもった。
はじめ、
家に招いた彼は
すぐにそうしようとした
わけではない。
わたしたちは
お互いをしりあうきっかけとなった
ゲームをしながら
この家、電車がとおるとゆれるんだね
とか
学校は行ってるのか？
とか
他愛もない話で
わたしたちのあいだの
空気に
風をとおしていた。
けれども
このときすでに
あるいは彼と駅であったときから
わたしは彼にたいして
警戒心をもっていなかったようにおもう。
それは彼の見た目や
雰囲気も、そうさせたのだろうが
いちばんはやはり
彼の匂いだろう。
この人、いい匂いがする。
彼の匂いは、あの日よりも
はるかに鮮度があって
活きがよく感じられたものだ。
――もう、どうでもいいや。
そう思うきもちは
文面とは反して、
とても前向きなおもい。
かつて味わった
かつては自分よりも大事であった
だれかの温もりは、
こんなにもあっさりと
こころで上塗りされて
こんなにもあざやかに
忘れ去られてしまえる
ものなのだろうか、と。
このときばかりは
自分を憐れんだものだ。
――男だったら、
わたしはだれでもいいのか。
と、わずかに膨らみのある胸が
つんと痛んだが
次の瞬間には
そういうおもいさえも
真っ白に消えさってしまう。
熱のある、彼のりっぱな腕が
わたしのからだをかるがると
抱きあげると
わたしの
リップで潤んだくちびるに、
彼は、狙ったまま
転がりこんでくる。
わたしはもしかしたら、
過去のあいつを
あいつとの時間を
きれいに
なくしてしまいたかったのかもしれない。
良い機会であった
のかもしれない。
そして。
もとめられるのなら、
わたしをもとめてくれるのなら、
わたしだけは
なくさないでいられる。
自分だけは
ここに在ってもいいんだ、と
おもえる。
空気の
隙間をなくして
なくしあって、
わたしたちは
蜜のように
むさぼるように
もとめあいはじめた。
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