義父から連絡を受けて、心配になった夫は次男に電話をかけました。

 

夫「カフェを辞めるって聞いたんだけど、どうしたの?」

 

次男「うん、オーナーと意見が合わなくてね。最初に仕事を始める時に言われていたことと実際のやり方が違ったり。それで、オーナーがこのカフェを売りに出すかもしれないって言い出したのもあって。とにかくもう精神的にも肉体的にもきついんだ。なんだか、この数ヶ月前から起きると全身に痛みが出てきて、色々な医者にも診てもらったんだけど原因もわからなくて。最後の神経科の先生からは精神的なものかもしれないとも言われたんだ。年内で辞めるよ。」

 

夫「そうか・・・じゃあまだ今後はどうするかは分からない?」

 

次男「うん。とりあえず失業保険をもらって、職業訓練を受けようとは思っているけれど、まだそこまで考えられてない。カフェのことも辞める前にやることがまだまだ沢山あるんだ。」

 

次男は宣言通り、年内でカフェを退職し、失業保険をもらいながら生活を始めました。

 

夫はその後も次男と連絡を取り、その時には次男は労働局に行って今後のことを相談したりしていると話していました。

 

夫「金銭的には大丈夫なの?」

 

次男「失業保険のお金でなんとかやっていけてる」

 

 

数ヶ月後、夫と私と息子で義父の家に遊びに行く機会がありました。

義父とその彼女の住む街は遠く、一年に一度ほどしか訪ねることはありません。

温かく迎えられ、息子が寝ると、話は次男夫婦の話題に。

 

義父「次男に次の道が見つかるといいんだけどね。でも精神的に本当に参ってたし、休息も必要でもあるんだけど・・・私が見る限り、次男の精神状態は危なかったと思う。でも、子供もいるし、金銭的にも厳しいし。」

 

夫「うん。でも、失業保険でなんとかやっていけてるみたいじゃない、今?」

 

義父「いや・・・足りてなくて、今は私が援助してる。」

 

夫と私「え!?そうだったの!?」

 

義父「うん。足りない月々の生活費をね・・・」

 

夫と私「・・・(なんとかなってるって言ってたのは一体・・・)」

 

夫「今、次男が家にいるじゃない?ルイーゼは働きに出ようと思わないのかな?」

 

義父「次男もだけど、あの子も手に職もないからな。俳優学校も途中で辞めたし。」

 

私「でも、彼女は若いしドイツ人だし、何かしら仕事はできると思うんだけど・・・」

 

 

次男夫婦を見ていてモヤモヤするところは正にこの「やりたいことしかやらない」というスタンスでした。

お金を稼ぐためになんでもいいからやる!という気持ちがこの二人にはない、というか、そういう風に見えない。

 

そう思っていると、義父が思い出したように言いました。

 

義父「あ、でもね、ルイーゼ、ロウソクを作って知り合いづてに売るみたいなんだよ!」

 

夫と私「え・・・ロウソク?」

 

義父「そう、自分で模様をつけて作ったロウソク!家計の足しにするって!」

 

少し嬉しそうに話す義父。

 

夫「ルイーゼってロウソクとか今まで作ったことあったんだっけ?」

 

義父「いや・・・初挑戦して、いい感じのができたみたいよ」

 

夫と私「・・・」

 

私「えっと、ちなみにそれはいくらで売るの?」

 

義父「1本2ユーロ(約280円)」

 

夫と私「・・・」

 

私「お義父さん・・・確かにお義父さんに頼ってばかりじゃなくて何かしようっていう気持ちがあるのが嬉しいのは分かります。でも、1本2ユーロのロウソクを例えば100本売ったとしても売り上げは200ユーロですよね。材料費なんかを考えると手元に残るのは100ユーロちょっとなんじゃないですか?私が彼女の立場だったら、労働局に行ったり自分で履歴書送ってどこか正規で雇ってもらえるところを探しますよ。その方が長期的に安定的に稼ぐことができる。子供だっているし、夫は精神的に疲れているし、家計は失業保険じゃ回ってないし。こんな緊急事態に『よし、それならロウソクを作ろう!』とはならないですよ・・・」

 

義父「まあ・・・そうだね。1000本くらい売れないと・・・ね。そんなに作るとは思えないし、作るの初めてで・・・知りあいづてってことはそんな本数売るとも思えないしね。」

 

・・・

 

夫「まあ・・・それにしても、次男達が今住んでいるところが街中でよかったよね。車もカフェ時代の会社の車だったでしょう?それも返さないと行けなかったんだよね?街中じゃなければ、交通機関不便で大変だっただろうと思ってね。」

 

義父「ああ・・・実はそれも、中古車を次男夫婦に買ってあげようって話になってて。」

 

夫と私「え!?」

 

義父「今は、三男の車とシェアしてるけど、上手く回らないみたいなんだ。幼稚園の送り迎えもあるし。車は必要でしょう。中古で安いの必要みたいで」

 

夫「・・・車を買えばガソリン代だって維持費だってかかる。僕にはいいアイデアだとは思えない。」

 

私「私もそう思う。幼稚園の送り迎えにはバスを使えばいいんだし・・・買い物だって歩ける範囲にスーパーあるじゃないですか。」

 

義父「うーん・・・でも、孫達のことを考えるとね・・・」

 

答えを濁して、話題をかえる義父

 

義父「そういえば今次男達が住んでいるところだって、そろそろ手狭になってくるでしょう?狭い子供部屋が一つだけだから。なんかルイーゼがいい物件があるって知り合いから聞いて、見に行って、絶対そこに引っ越したいとか言ってたみたいよ」

 

夫「は!?今のこの状況で引っ越し!?広い家に!?ありえないでしょう。」

 

義父「はは・・・だよね。さすがに諦めたみたいだけど。」

 

夫「というか、普通この状況で考えないよね・・・彼女には今の現実が見えてないんじゃないの?」

 

義父「かもね。この前、次男家族がここに遊びにきたんだけど、ウチの庭を見てルイーゼが次男に『見て!私たちもこんな庭が必要よね!』って言ってたよ」

 

夫「信じられない。そんなこと言ったら次男へのプレッシャーにもなるし。」

 

義父「まあ・・・ルイーゼはね・・・昔から難しい子だよね」

 

義父は60歳近いものの見た目も中身もとても若々しい人物です。

営業職で常にドイツ国内を飛び回っていて、立場的にも給料はいいと思います。

しかし、一見羽振もよさそうに見えますが、手元にあるお金をバンバン使ってしまうタイプ。

義母の話を聞くに、おそらくそんなに貯金をしてはいないようで。

そんなに次男を援助して義父自身の老後資金などは大丈夫なのだろうか・・・と心配になってしまう夫と私。

 

 

結局その後、義父は次男家族に中古車を買い与えたのでした。

 

 

このような義父の金銭援助が、本当の意味で次男家族の為にはなっているのかは疑問でした。

 

 

『ルイーゼは昔から難しい子だった』義父はよくそれを私たちに言います。

 

ルイーゼはシングルマザーである母親に女手一つで育てられました。

ルイーゼには年の離れた年上の異父兄弟が2人いるものの、その年齢差から、彼女がまだ小さい頃に二人とも家を出ていて、一緒に暮らした時間はとても短かったそうです。

そして父親には生まれてから一度も会ったことがなかったそうです。

 

義母がルイーゼの過去について話したことがありました。

 

義母「ルイーゼが思春期に入ったころにね、自分のルーツを知りたい、つまり自分の父親に会ってみたいと思ったそうなの。それで母親や親戚に聞いて、父親の電話番号を突き止めて、電話したんですって。でもルイーゼの父親は電話で『君とのお母さんとのことは、ただのワンナイトラブだったんだ。それで君ができた。お母さんとも君とも、今後会うつもりはない』と言ったそうなの・・・それを聞いたルイーゼは・・・辛かったと思うわ。」

 

私「そうか・・・そんなことがあったんだ。」

 

義母「次男も、ルイーゼも一度精神科のセラピーに行ってみたららいいと思うんだけど・・・今の私の関係性じゃそんなこと言えないしね・・・」

 

 

そして、その次の年のクリスマスがやってきました。

絶縁してから、次男家族は家族の集まりにもちろん来ることはなく、義父が次男家族を一人で訪ねて子供達にクリスマスプレゼントをあげる、というのがこの数年の流れになっていました。

 

その年も同じように義父はたくさんのプレゼントを持って次男家族の元へ行ったのですが・・・

 

義父がしばらくした後にその時の出来事を話してくれました。

 

義父「今回は参ったよ。まず、クリスマス前に次男から子供達が書いた『クリスマスに欲しい物』のリストの紙が届いたんだ。そこには長女が『馬の人形』、『お金』、『新しいペン』と絵と字で書いてあって、次女は『ユニコーンの人形』、『財布』の絵を書いていたんだ。次女の絵には次男が隣になんの絵なのか説明書きを書いてあってね。だから、それに書いてあるものを全部持って行ったんだよ。」

 

夫「長女の『お金』って面白いね。笑 いくら持って行ったの?」

 

義父「コインと紙幣で20ユーロ(約2800円)」

 

夫「他のプレゼントも考えると・・・多くない?」

 

義父「まあ、今考えたらちょっとあげすぎたなとは反省してるんだけど。まあとにかく、子供たちはものすごく喜んでたんだ。そしたらね、突然ルイーゼが子供達がわからないようにドイツ語ではなくて英語で『プレゼントが多すぎて・・・いい気分ではないわ』って言ったんだ。そして次男の方を見ながら『子供達はまだ少しの物で喜ぶのに、こんなに沢山はいらないのに!』って。」

 

夫「・・・次男は何か言ったの?」

 

義父「いや、何も言わなかった。そしたらその次男の反応も気に食わなかったんだろうね。突然部屋を飛び出して、寝室にこもってしまったんだ。子供達もいる手前、大事にもしたくなかったし、様子を見たんだけどなかなか出てこなくて。外から声をかけてもノーリアクション。食事になっても出てこなかった。」

 

夫と私「え!?ずっと!?」

 

義父「うん。だから私が帰るべきか悩んだけど、食事の用意も次男がしてくれたし、子供達も私にいて欲しそうだったし、とりあえず食事をして、そのまま帰ってきたんだ。結局最後までルイーゼは部屋から出てこなかった」

 

・・・ちなみに彼女、当時の年齢、30歳越えてます。

思春期ではありません。2児の母親です。

 

私「えー・・・プレゼントが多すぎるって理由でそんなことに・・・?」

 

義父「このままじゃいけないと思ってね、次の日の朝に次男にメッセージを送ったんだ。『できればもう一度話し合いたい。ルイーゼとも。これから少しまた行ってもいいか』って。次男からは『いいよ』と来たから、次男の家に向かった。でも着いたら、ルイーゼは子供達を連れて散歩に出てしまっていたんだ。私が来るから避けるように・・・ね。」

 

夫「話し合い拒否・・・」

 

義父「だから次男と話したんだ。ルイーゼはこんな反応をすることはよくあるの?とも聞いた。そしたら次男は『あんな風になることは、たまにある』と。『ルイーゼは複雑な幼少期を過ごしているし、それも関係しているのかもしれない・・・』と言っていた。」

 

夫「それで?それからルイーゼからなんの連絡もなし?」

 

義父「いや、その数日後にメッセージが届いたよ。『あの時は悪かった。でも子供たちはそこまでたくさんのプレゼントまだ必要ないの。そこは分かって欲しい』って。確かに私がプレゼントあげすぎたのもあるから、そこは反省しようとは思う。だからといっていい大人があの対応はないと思うけどね。」

 

夫「いや・・・というかさ・・・これまでバケーション費用やら車やら生活費やら、あの二人は有り得ないくらいの大きな贈り物をお父さんからバンバン受け取ってるわけじゃない?それで子供のプレゼントが多すぎるって・・・」

 

私「うん。しかも子供達が欲しい物リストを送ってきたわけでしょう?全部が嫌なら一言『この中の一つにしてください』とか、言えばよかった話で。それにもし気にくわないとしても、部屋に閉じこもって出てこないとか、話し合いしたくないから外に出てしまうとか・・・対応に困る・・・」

 

義父「そうだね。まあ次は、もう今回みたいに沢山プレゼントを持っていくのはやめるよ。」

 

 

うーん、義父も小さなトラブルに見舞われている・・・

やはり近づくと被害を被る・・・

距離を置いた方が無難だ・・・

それが私の結論でした。

 

 

最終的に次男は、プログラミングの職業訓練をするという道を選択しました。

ある会社でお金を貰いながら実務をし、資格取得のために勉強と仕事を頑張っています。

 

 

義母と私たち家族は良好な関係で、息子のことも産まれてからずっと溺愛してくれていますが、自分から息子に会いたいなど、頻繁に言ってくることはありませんでした。

 

次男家族とのことが義母のトラウマになっていて、消極的になっていることは明らかでした。

 

ある時に、子供向けのコンサートが私たちが住んでいる街で行われることを知り、音楽やコンサートが好きな義母に息子と一緒によかったら行ってくれないか、と聞いたことがありました。

義母は二つ返事でOKしてくれ、その当日、息子を迎えに来て楽しそうに出かけて行きました。

 

コンサートが終わり、帰ってきた義母が私に言ったのです。

 

義母「こんな風に、また孫と二人で出かけられる日が来るなんて。本当に嬉しい。今日はありがとう。」

 

と。

 

義母は涙ぐんでいました。

 

次男の長女とは当時一緒に子供コンサートに行ったり、沢山お出かけをしていた義母。その時のことを思い出したんだと思います。

 

 

義母「もう次男の長女は街ですれ違っても、私、分からないかもしれないわ。次女なんて最後に会ったのは次女が赤ちゃんの時だしね。もうこちらからどうこうしようとは思ってないし、話し合いで解決できるような時期は過ぎてしまったわ。次男に関しては・・・彼が元気だったらそれでいい。とにかく、心身ともに元気でいて欲しい、それを願ってる」

 

そう笑って話す義母を見て、とても切ない気持ちになるのでした。