脳外科外来と娘との会話で気付いた事 | 一歩ずつでも前に進めるように

一歩ずつでも前に進めるように

抱っこ魔☆泣き虫☆ママ命!の3歳の娘の育児と椎間板ヘルニアで下半身不随になった愛犬のお世話の日々…だったのですが、現在はその10年後の世界。2011年に愛犬は虹の橋を渡り、娘は難病になって7年目。今は書きたい事書いてます。

先日、脳外科の外来に行って来ました。

娘の病気(もやもや病)の、小児慢性特定疾病医療受給者証申請の書類をお願いする為です。

午前中に予約し、患者さんほとんどいませんでしたが、久々の2時間待ちでした。
長かった〜。


お腹はすくし、時間は長いし…で、段々と機嫌が悪くなってく娘。
で、親子喧嘩勃発…私はすぐさま席を離れて違う場所に座りました。なので、診察室に呼ばれた時には、最悪の雰囲気(笑)


主治医と話しをして、
・5才で発症した娘は、重いもやもや病の類いだから病気の進行を心配していたけれど、後頭部の血管がとても太くて、前頭部へ一生懸命血を送ってくれているから、まだ麻痺の発作はあるけれども大きな脳梗塞が起きる可能性は低い事。

・だから、中学生で予定していた4度目の手術はしなくて良さそうな事。(する場合は、もう繋げられる血管はないので、血流が少ない頭頂部の頭蓋骨に穴を開けて、血管が生える事での血流改善をはかる予定でした)


3回目の手術は、娘は恐怖心から、
手術台で両親に抱っこされながら、暴れるのを押さえつけられながらの全身麻酔でした。
あんな思いはもうしたくない。娘も同じ気持ちです。だから、4度目の開頭手術の必要性が低くなって、娘共々とても嬉しいです。



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診察が終わって、15時にようやくお昼ご飯を食べました。
食べながら、娘が沢山話しをして来ました。
中学校の事、委員会の事、先生や部活の先輩の事。沢山沢山話してきました。
こんなに娘の話しを聞いて話したのは、約1ヶ月ぶりでした。


娘の話しを聞いて、新しい環境になって想像以上に娘に大きなストレスが掛かっていたのかが分かりました。

小学生の時の生活から激変し、私はなんとなく気付いてはいたはずなのに、
こうなる事も前もって予測していたはずなのに、
私は娘の体調最優先の生活しか考えてなかったので、娘がそんなにも色々抱えていた事に気付けませんでした。


ただ、娘が私に吐く暴言(死ね・このクソが!・ぶっ殺してやる!)の言葉に傷付いて、なんでこんな事になったんだろう、何が間違ってたんだろう…と沢山沢山考えて、
もしかしたら私が間違ってるのかもしれない、このまま間違えて子育てをしていたら、あの子は潰れてしまうのかもしれない…と思って恐怖でした。

まともに会話をしなかったこの1ヶ月、時々「このままでよくない、いいわけない」と不安が襲ってきて、娘とコミュニケーションを取ろうと試しましたが、撃沈。
どうしたらいいんだろうと、悩んでいました。
結局、娘と距離を置き、こちらからは極力話しかけないようにして、話してきたら聞くように心掛けていました。


1週間は、小さいケンカはあっても今までに比べたら穏やかに過ごせたと思います。(それでも、娘が学校から帰ってくる時間になると、気持ちが沈み込みました)

でも、穏やかな時間はあっという間。
また逆戻り…。昨日はまた膝を蹴られ。
以前、娘に蹴られた膝が痛いままなのに💢
今日から中間試験1週間前。
部活がないので帰りも早いし、また激しく暴言吐かれるかと思うと、かなりのストレスです。


娘とケンカするのは反抗期だから仕方ないにしても、それに拍車をかけてるのは、主人の対応の仕方も原因…