過去離婚を書いています
離婚が成立した
当然ながら養育費も財産分与もない
ただ母子家庭で収入が少ないため
児童扶養手当と医療費控除の恩恵があった
それでも総額15万は厳しい
そのため20万を目指し
転職活動を行うことにした
上司Y子の了承を得て求人への応募を始める
おりしも就職難、年齢も47歳
厳しい戦いだった
自分のスキルから
社労士事務所と職業相談系に応募する
この社労士事務所は怪しいと噂があったが
20万という金額につられ
「適用指導員」の職種に応募
仕事は↓
労働保険に加入していない事業所に加入を勧める
という
いかにも「人のため」になるような内容
書類選考が通り筆記試験↓
私以外全員男性、ざっと20人以上
一応筆記試験通り面接↓
そこで始めて会社の思惑がわかる
「まず3カ月、1日100件くらい電話してください」
そうか、当たり前だ!
仕事をするにはお客を取る必要がある!
前の社労士事務所で
資格をとったはいいが・・の人を見てきたではないか!
そのため社労士先生は顧客獲得のためよくゴルフにいっていたのだ!
・・・だけではないが、独立するには営業努力が欠かせない
私は断った(営業苦手なので)
他に「内職斡旋」「派遣のフォロー」「中高年事業団」
に応募した。
しかしその年、ハロワでは大幅な改革が行われた。
『全員更新無し、全員公募』
という大掛かりなもの
この頃は小泉政権によって激増した派遣社員が撃沈し
「官製ワーキングプア」
の言葉が出回り始めた頃だった
私は初めて非正規の非正規による戦いを経験した