いつまで経っても流転の人生(笑)ですが、もしかしたら暫くLAの盆地に留まるかもしれません。
先日、お母さん(姑)のお墓参りに行って来ました。早いもので、お母さんが逝ってしまってからもう3年になります。彼女と暮らした月日の半分近くが過ぎてしまいました。ということは、私も確実に歳を重ねている訳で(笑)親族や知人の訃報も増え、親どころか伴侶の介護に悩む知人もあり、そういうお年頃なのよね〜が最近の合言葉です因みに、LAの墓地は、この時期特に賑やかな様子です。あちら側に渡った家族とも、めっちゃクリスマスのお祝いしてますねこういうお墓周りのクリスマス飾りは、主にヒスパニックの皆さんのものです。墓地に行くと、ほぼ必ず、ヒスパニックの家族連れ(赤ちゃん連れも!)がお墓周りでキャンプ用のイスに座ったりして、ピクニックのように時間を過ごしているのを見かけます。沖縄出身の私も、3月の清明祭に一族郎党墓の前で宴会して育ったので(爆)、親近感が湧いちゃいますきっと、ご先祖さまたちも嬉しいでしょうね
ふと思い立って、コロナ禍の頃作ってたアップルパイを焼きました。夫がアップルパイ好きで、自分で焼いちゃう人なので(←)私はオーブンから遠ざかっておりましたでも、この、カスタードクリーム&お酒入りのパイ、好きだったので、唐突に「作る!」と宣言したところ、夫まで参加表明し、初めてじゃないけど2人の協働作業と相成りました。このレシピ、焼いてはオーブンから出して材料を足し、また焼いては出し、と繰り返すので、けっこうめんどくさいのです。なので、パイクラストは出来合いのを使うのが私流だったんですが、「パイクラストはホームメイド一択」とうるさい人が居て、めんどくさい協働作業になりましたパイクラストの生地が余って、2個分になっちゃったので、中身も分けたら何か中途半端な仕上がりに…。参考までに、本来はこういう見た目のはず…↓やっぱり全部1人でやれば良かった…と後悔しましたが、もはやしょーがないよねせっかくの厚意で手伝ってくれてるんだからと、パイクラストを任せたり、生地余ったと言われたら、フィリングのりんごや砂糖の分量を増やして分けたりと、自分のレシピ通りにはできなかったので、どこで何がダメだったのか分かんないんですが、失敗作になっちゃいました。切り分けた見た目は良かったんですが、何だか真ん中が生焼けで(焼いてる最中はりんごの端っこやクラストが焦げ始めてたから、それ以上焼いて調整できず)、悲しい気持ちで食べました夫は「もっと甘かったら良かったな〜」とか、呑気な感想を述べてましたが…。次回は出来合いのパイクラストで作ります結婚10年目の私たちですが、晩婚のせいか、私の方はシングル時代のようにやりたいようにはできてなくて、すごく夫には気を遣ってるし、まだまだ調整期間中な気分です。協働作業だって、同僚たちと仕事ならお手の物だし、うまくやれてるんですけどね〜
今年も暫く前に夫と里帰りして来たのですが、これまたアメリカの入国の仕方が変わっていたので、忘備録です。以前は、税関の関係で、家族を一単位としての入国だったので、アメリカ市民の列に夫と並んで良かったんです。しかし今回は、家族であろうが何だろうが、市民は市民の列、そうでない者はそうでない者の列に分けられました。過保護な夫は、私と入国管理の所で別れるのが怖くて、私のことも市民の列に引っ張って行ったのですが、案の定、係官にパスポート提示を求められた際に、「あんたアメリカ市民ちゃうやん」と止められまして。でも、最近の入国管理官にしては、ものすごく優しい人で、すぐに事情を察してくれて、「ああ、家族連れかい?」と。夫が、「彼女は僕の妻です。以前は家族単位で良かったよね?」と答えたんですが、「前は前、今は今。今は市民じゃなかったら、あっちの方に並ばな」と、穏やかに指示してくれました。昨今の入国管理は殺気立ってることも多いですから、そこで怒鳴られることも、別室送りにされることだってあり得たので、あんなに穏やかに流してもらって、ありがたやーの一言でした。ほんでまた、過保護君と一緒に今度は市民以外の列に並び直し、めちゃくちゃ時間かかって、やっとカウンターに。そこでも、「あれ?あんた市民やんな?何でこんなとこおるん?あ!しかももう既にいっぺん入国してるやないか」と、びっくりされた後、生温かい笑顔で2人とも送り出されました。移民の立場って、間違って入国拒否されたりとかすると、失うものが多い分、旅行者より不安定だなぁと思ったり。できたら、早く、もっと不安少なく里帰りできる世の中にまたなりますように…。
クリスマスイヴは、雨の音で目が覚め、トイレの電灯を点けようとして停電に気づきましたなんやねん、全く。たかが(大)雨ごときで停電て。雨に慣れてない上に、クリスマス前で殺気立ってるLA市民に囲まれての高速道路運転は怖すぎて、自宅勤務にしてたのが仇になり、会議を電話に切り替えたり、どうしても画面見ながらの会議はスマホで行ったり、てんやわんやでした。いつ復旧するかも分からないから、迂闊に冷蔵庫を開けられず、ランチはサッポロ一番文句バリバリ垂れましたが、恵の雨です。子どもも親戚も居ない私たちは、夕飯にご近所さんが混ざりに来てくれるくらいで、本日25日ものんびりムードです。一日遅かったですけど、皆さま、ハッピーホリデーズ
夫がここ数年頑張って作っていた家庭菜園。今年で閉じることにしました。何種類もの茄子やオクラ、唐辛子やピーマン、そしてトマト。種からだから、すごく大変。でも、今年は例年より穏やかな夏で、大豊作でした。最後のピーマンたち。ピーマンや万願寺とうがらし、シシトウなどを使ったパスタ。もちろん料理担当は夫 (色が悪くてすみません)植物も生き物ですから、育ててる間はあまり遠出も出来ず、気候も乾燥や熱波が厳しいので、水遣りもものすごい大変そうでした。更には虫や病気、害獣(リスやらネズミやら)との闘いも植物の世話も好きだけど、あまりにも大変だから、ということで畑仕舞い。夫よ、これまで長いこと、美味しいお野菜をありがとう
お久しぶりでございます〜。(きっと誰も私のことなんて憶えてない。爆)この記事、おおおおおうううう!そうですよねそうですよねーーー!って思ったんですけど、コメント欄に書き込むには完全に乗り遅れてしまったので、リブログさせていただいてます。元々のオリジナルのうねまきさんも、勝手にすみません。以下、私が経験してきたアメリカ英語の発音小ネタ集です。LA居てますので、よく思うのが、リトルトーキョーは「りろとーきょー」って発音されてるとか。日系アメリカ人で「ヤマト」って名前だったりすると、「My name is やまろ」って言ったりする。(自分の名前なんだから、ちゃんと「と」で発音してほしいと横で聞いててモヤモヤする。)←余計なお世話。あと、Tだけじゃなく、DとRの境目も曖昧で、日本人男性に多いリュウ君とかは、「Dew(露)って発音してください」と言えば間違いないとか。大昔、中西部で学生してた時に、アメリカ人に聞いて、へえええって思ったのが、女性名の「Erin」と、男性名の「Aaron」は、実は発音が全く同じ!なんだそうで。(教えてくれた人も、なんでやねん!って思ってたらしい。笑)なので、Aaronさんに会うと、えりんと呼びかけてますが、本当に完全に通じます。で、アメリカ人も訛ってる(?)ことを自覚してのネーミングがコレ。ラガニータス社のビール、「りろさむぴん」Little Somethingを、訛った(?)発音のまんま綴ってるのー。中西部に居た時に、私もその地域の訛りを少しは拾った訳ですが、Somethingは「さ・むんん」と発音してました。で、日本で会って話してたカナダ人に、「あああああ!懐かし〜い」と喜ばれたという。なんか、ツラツラ書きましたが、LAみたいな大都会には、それこそ世界中から人が集まってきているので、みーんないろんな訛りで喋っています。だから、私の訛りも、みーんな普通に理解してくれます。聴く側のストライクゾーンが広い。多少の文法や言い回しの間違いも、前後の文脈から読み取れる人が多いです。(聞き流してテキトーに理解してるだけという説もあり。爆)学生時代は、訛りがあるだけで、「何言ってるか分からない」「英語を喋れ」とか言われることもあり、現地の人たちが話すように、流暢に英語を話せるようになろうと必死だったんですけど、基本の発音に忠実なら、英語圏のどこに行ってもだいたい通じるもんなんだなーって、思うようになりました。基本の発音に忠実ってのは、訛っていても良いから、RはRとして発音し、LはLとして発音する。日本語の「らりるれろ」ではなく、という意味で。LeahさんのPhonicsは、そういうところを、日本語話者がなるほどと感じられるよう、分かりやすくお伝えしてるんだろうなぁ。独り言ではありますが、英語ネタ久々に書けて楽しかったー。Leahさん、いつもほっこりする素敵な言葉をありがとうございます
とある夜の8時半、(自宅のキッチンで)残業していたら、夫に「9時になったら、『みーのオヤツ』出すからな!」と鼻息荒く言われました。いきなりどーした?と思いつつも、なんせ忙しくて、あまり気にもせず仕事を続けておりまして。で、9時頃、何やらゴソゴソ背後で音が。しかし残業は続くよいーつまでーもーな状況だったので、知らんぷり続行。9時半に出て来たのが、異様に豪華な『オヤツ』でした。私の誕生日前夜祭とのことで、太っ腹なオヤツとのことでした(笑)美味しかった〜
ここのところ、真面目〜な重たい話が多めですみません。明後日の選挙を前に、不安が高まっていて、なおかつ、なんでそんなに不安なのかと自己分析していて、出てきたネタをちまちままとめている感じなんです。といっても、全然まとまらない、ふわふわとした考えの切れっ端を、整理して並べてるだけのような、中途半端な文章ばかりですが…。私はあくまでも、日本から来た移民であって日系アメリカ人ではないのですが、仕事上日系の方々と接する機会も多いため、彼らの背景を知ることができて、本当に良かったと思っています。『美しい地獄』抜けるような青空を背景に、雪を被ったシエラネバダ山脈。とても、美しいでしょう?その美しさだけでなく、地形にも注目していただけますか?山脈の手前に…ameblo.jp知らなければ、こんな辛い気持ちにならなくても済んだとも思う反面、同じ国に住む縁ができた今、「知らない」では失礼にも思える、日系アメリカ人の歴史。第二次世界大戦中、日系人は家族ごと米国各地の収容所に送られましたが、そのほとんどがマンザナーのように非常に気候の厳しい土地であったそうです。アメリカは、ヨーロッパにも対抗している国々はあったはずで、ナチスドイツとも戦っていたはずなのに、民族全員を対象とするような規模で生活全てを奪われたのは、日系人だけ。収容所内では、アメリカ生まれの二世たちが、自分たちはアメリカ市民だと訴え、天皇と決別できない一世の親たちとの亀裂さえ生まれました。一緒に収容された場所で、親と子が対立するなんて、どれほど辛かったかと思います。また、アメリカへの忠誠心を証明するため軍に志願した二世のみで編成された第442連隊戦闘団は、アメリカが参加したヨーロッパ戦で最も過酷な任務へと送られました。フランスで、ドイツ軍に包囲され逃げ場を失った200名あまりのアメリカ兵たちを救うために、400人以上の犠牲者を出しながら第442連隊戦闘団は救助を成功させています。私の知人に、「その第442連隊の生き残りがお舅さんなんだよ」という方がいて、私自身も日系人の悲しい過去を身近に感じています。亡くなった日系兵士の親の立場からすれば、自分の子どもたちが命を犠牲にして、自分たちを迫害し続けるアメリカ兵たちの命を救わねばならなかった現実。そこまでしないと、国民として扱ってもらえないという感覚があったからですよね。当たり前の人権が簡単に奪われる立場だったからですよね。どれだけの悲しみ、怒り、苦しみだったのでしょうか。どれだけのものを、当時の日系人たちはこの国に奪われなければならなかったのでしょうか。彼らは、日本人移民・日系アメリカ人であっただけです。選んで日系人として生まれた訳でも、その全員が反逆者やスパイだった訳でもないことは、常識で分かるはずなのに、私の感覚で言うと、「主流民族と色が違ったせい」で、ここまで非人道的な扱いを受けてしまった。記事の冒頭で私が抱える不安には、こういうものも含まれています。この国の、歴史や法律の成り立ち、国策がどのように作られ、運営されているかを知らない人たちに圧倒的な人気を誇る大統領候補者が、先日、「自由意志」で犯罪を犯して収監されている犯罪者たちと日系人の扱いを同等とするような表現をしました。Trump compares jailed Capitol rioters to Japanese internment during World War IIFormer President Donald Trump said that rioters who stormed the U.S. Capitol on Jan. 6, 2021 are being treated like Japanese Americans who were incarcerated on U.S. soil during Wor…apnews.comほんの少しでも日系人の歴史を学んでいるなら、絶対にできない発言です。自ら進んで暴徒となり、国会議事堂に数の暴力で押し寄せ、警護にあたっていた警官たちに一生残る障害を負わせ、当時の副大統領のことを処刑しよう!と叫びながら敷地内・建物内を練り歩き、ふざけている動画を撮ったり、設備を破壊するという重罪を犯したために捕まり、抑留されている犯罪者たちと、新天地で一所懸命に根を張り、差別を受けながらも真面目に仕事をし、生活を立てていただけなのに、単純に「敵対国出身者」だからという理由にもならない理由で収容された人たちの扱いを、「同等」と気軽に呼ぶ無神経さ。日系人ですらない私でも、言葉にならない怒りが込み上げてきます。こういう背景を蔑ろにしたまま、自分を持ち上げてくれるさまざまな差別主義のファンたちが喜ぶような言葉だけを吐くような大統領を、彼の支持者は欲しているのでしょうか?彼に、核兵器のボタンを預けられるのでしょうか?だいぶ、しんどい内容だったので、この後はお茶濁しに、なごみ要員の、ピースしてる布袋様のお写真をどうぞ〜
前回の記事で、できるだけ簡単に、日系人が受けてきた差別の一部を語ろうとしたんですが、めっちゃ難しかったです…。なんで歴史書とかが、分厚くなりがちなのか、分かりました…歴史のひとつのエピソードを語るために、その周辺の話もある程度説明しないと、なんでそのお話が重要なのか、それがどう今の私たちの生活に影響を及ぼしているのかが、伝わらないですよね。なんだかマジメ〜な話が続くので、ほっこり用に、先日のデスカンソー・ガーデンズのイベントのランタンをどうぞ。法律も同じで、「アメリカ人女性が日本人男性と結婚すると、国籍剥奪されてました」という一文も、いつからいつまでの話なのか、そして、その後どう取り扱いがどれくらいの期間に渡って変わっていったのか、それが、自分の生活の何の関係があるのか、どのように影響するのか(あるいは無関係・影響無し)とか、直接関わってないと全く分かんないことが出てきたりします。ちなみに、私の理解では、1922年に下院がその法律に修正を加えたため、その後アジア人と国際結婚したアメリカ人女性の大半は国籍を維持できたとのこと。しかーし!修正案が通る以前に結婚した女性たちは、法律が変わり、夫となったアジア系男性たちが帰化を許されるようになった1960年代まで、国籍を取り返すことはできなかった。ほんの数年、結婚時期がずれてただけで、こんな基本的人権が取り上げられたまんま何十年も生活するとか…恐怖でしかないんですけど?それも、自分の国で。夫との結婚で永住権を取り、移民の方が多そうなLAに暮らす身としては、現在ありがたいことに「外国で暮らす移民」としての不安はあまり感じませんが、「留学生」そして「一時的就労許可」の身分で中西部で生活していた頃は、いつも頭の片隅に、「私はここでは外国人。何か起きればいつでも簡単に拘束されたりできる不安定な立場」という恐怖というか不安がありました。そういう感覚を、生まれた国で感じながら生きるストレス。法律に則って「裏切者」扱いされるストレス。アジア系移民と家族になることでその扱いって、残念だけど、つまりはアジア系に対して、びっくりするほど陰険な国だったんやなと思わずにはいられません。NYの街中で「中国に帰れ」と罵倒された…アメリカ人が日本人に対してもヘイトをぶつけるようになった理由 「英語も喋れないし攻撃してもやり返してこない」アメリカでは黒人だけではなくアジア人も差別の標的になっている。NHK記者の及川順さんは「トランプ前大統領が新型コロナウイルスを『チャイナ・ウイルス』と呼んで以降アジア人へのヘイトが拡散された。アジア人は『攻撃してもやり返してこない』と思われている節がある」という――。president.jp
先日のブログ記事の続きです。LAに移住しなければ、歴史魔の夫と結婚しなければ、アメリカに住んでいたとしても、命と身の回りのもの以外の全てを奪われた日系人の苦しい経験の詳細も知らずに、呑気にくらしていたんだろうな〜と、よく思います。実際、中西部に留学していた身としては、当時、「日系人は収容所に収容はされたけど、ナチスドイツのユダヤ人収容所と違って大量虐殺はしてないから、やっぱアメリカって懐が大きいなー」というトンチンカンなものでしたもん。比較対象の程度がおかしい。って今なら当時の自分にツッコミを入れられますが、あのままあの地域に暮らしてたら、もしかしたら今でもそんな恐ろしい感覚で生活してたのかもと、背筋が冷えます。(レイプしただけで、殺してないから、強姦魔は親切だなーとか、言いませんよねフツー)日系人は、アメリカで何重もの差別に晒されながら生きてきた歴史があります。私が理解している範疇での、差別の理由を誤解を恐れずにめちゃくちゃ端折って言うと、「アメリカはヨーロッパから来た白人が力を持つ国で、日系人はアジアから来た黄色い人種だから」です。この200年に満たないアジア系移民の歴史の中で、中国系や日系は、アメリカに帰化できない、アメリカ人とは法的に結婚できない、アメリカの土地は購入したり持ち主になれない、などなどの差別的法律に直面して来ました。(「カリフォルニアをジャップ共から救え」「ジャップが土地を所有できない法律を作りましょう」という新しい法律への投票呼びかけの看板。写真クリックで掲載元のロサンゼルスの日系新聞・羅府新報の日本語記事に飛びます)日系人博物館に行ったときに、それこそ、ホラーレベルで恐怖を感じたのが、「帰化の許されていないアジア系男性と結婚したアメリカ人女性は、その国籍を永久に剥奪」という罰則まであったことです。(ごめんなさい、リンク先は英語です)1015年から1922年までの7年間ほど有効だった罰則ですが、運悪くその7年間にアジア人と結婚したアメリカ人女性たちは、1960年代にアジア系への帰化差別が撤廃されるまで、アメリカ国籍を取り返せない状態が続いたようです。移民先の国民と結婚が許されていないという法律もどうなの?とは思いますが、それでも一緒にいたい、結婚したいと自国民女性が決意した場合、自国民の国籍を取り上げるって…そこまでする?ちょっとずつ、続きます。
本日、ドジャースvs.ヤンキースのワールドシリーズ第1戦開催でございます。試合開始は西海岸時間の午後5時8分。料理担当の夫が、見逃さずに済むよう、ダイニングテーブルに、臨時テレビを設置して臨んでおります(爆)がんばれ、大谷君!!追加でーす。なんとなんと延長10回の裏、ドジャースは逆転満塁ホームランで劇的な逆転勝ちを致しました〜!(日本の人なら既に知ってるか)サヨナラホームランを、walkoffと呼ぶことを知った夜になりました
抜けるような青空を背景に、雪を被ったシエラネバダ山脈。とても、美しいでしょう?その美しさだけでなく、地形にも注目していただけますか?山脈の手前には、ペタンと広がった平野です。ここは、標高も高いんです。この写真から分かるように、冬季は容赦ない雪と身を切るような強風、夏季は遮るもののない日差しを浴びる場所です。美しいけれど、過酷な土地です。私はここに、ほんの2時間ほど訪れたことがあります。4月末で、山々は雪を被っていたため、本来なら寒そうな時期なのに、快晴だったため、倒れるかと思うほど暑かった。でもきっと、夜になればものすごく冷え込んだことでしょう。どうぞ、20秒で良いので、想像してください。その美しい地獄のようなまっさらな土地に、到着した途端、「自分らと、後続の連中が住まうための小屋を建てろ」と命令されることを。どうにか建てたバラックも、薄い板を壁として繋げただけで、隙間風が吹き込み、朝には毛布の上に砂が積もっているような日々を。ここは、第二次世界大戦中に日系人が送られた、マンザナーという収容所跡です。生まれたばかりの乳飲児、年老いた両親、体調の悪い妻、遊び盛りの子ども、いろんな人たちが、自宅も財産も土地も仕事もビジネスも「Japaneseだから」というこの一点だけで没収され、家族ごと送られた土地です。こんなところで、出産すること、寿命を迎えること、事故に遭うこと、学校を卒業すること…いろんなことが多くの日系人に起きました。上の写真は、以下のサイトからお借りしました。Yosemite News and Discussion :: Yosemite and the Sierra Nevada. News & DiscussionYosemite, Sierra Nevada, Owens Valley, Mono Lake and Lassen Topics (for other topics use General Discussion) News, Information, Camping, Waterfalls, Questions, Answers, Travel Advi…yosemitenews.info続きます。
先週の日曜日、お姉さんが親友のお誕生祝いで、パサデナにあるDescanso Gardens(デスカンソー・ガーデンズ)という植物園で夕方からやっている、ハロウィン🎃👻のイベント「Curved(カーヴド)」に行くからと、私も誘ってくれました。CarvedCarved brings back the popular Descanso Gardens October event for three weeks of spookywww.descansogardens.org先に近くまで行って、3人で夕飯を食べまして。このfish and chips、まあまあでした。でもお店のおにーさんやおねーさんたちが、めっちゃくちゃ感じ良くて、店内のテレビで別の番組を映してたんですけど、頼んだらドジャースの試合に変えてくれました(笑)Gus & Andy’s Kitchen & BarGus & Andy’s Kitchen & Bar. A fresh-casual family restaurant in Montrose, California. Grilling backyard classics for dine-in or delivery.www.gusandandy.comその後は満を持して、いざハロウィンイベントへ!!ハロウィンや、ヒスパニックの皆さんお盆に当たる「死者の日」にかけて、かぼちゃのランタンや、竹のランタンなど、いろいろな光と彫刻、そして音楽の祭典を楽しみました。すごい演出ばかりで、めちゃくちゃ綺麗で楽しかったです。上の写真は僅か一部ですが、骸骨のマリアッチ楽団の前にあるのは、亡くなった人たちへの愛のメッセージの数々です。色とりどりの短冊(?)と鉛筆が用意されていて、来場者が思い思いにメッセージを書いて、クリップで留めてました。ウチのお母さん(姑)は、ヒスパニックではないので、ここにはおらんやろなと思い、参加は控えましたが…。前置きが嘘みたいに長くなってしまいましたこの先、産婦人科関連のちょっと辛い話になるかもなので、そういう話題がダメな人はここで回れ右をお願いしますね。私が、今、こんなイベントに出かけて、ほっこりしたり、感動したり、レストランで、感じの良いおにーさんやおねーさんたちとお喋りして楽しい気持ちになったり、前のブログで書いたような、ささやかな異文化ランチタイムを夫と持てるのは、ひとえに、2024年のテキサスじゃなくて、1999年の日本で流産したからです。当時は日本人の夫がいて、新婚さんでした。体調不良が続き、あら…もしかして?と思ったので、ちょっとワクワクしながら、広告を見て良さげな産婦人科に夫には内緒で1人で出かけました。超音波で診察し、その医者が言った言葉が、「あ〜、妊娠してますね〜…。あ、これもうダメですね。すぐ手術です。家族に連絡して下さい」でした。子宮外妊娠で、胎児はけっこう大きな動脈にくっついていたんですって。どっちみち育たない状態で、しかも万一今、流れてしまう事態になったら、動脈を破って、私も命が危うい状態であったそうです。呆然とした状態で仕事中の夫に電話をかけ、居場所を告げ、アレよアレよと手術の運びに。その後はまぁ、実は感じ悪い産婦人科だったので、いろいろ嫌な思いもさせられつつも、命は救って貰ったようです。もし、私に起きたことが、今、テキサスや人工妊娠中絶を「何が何でも禁止」という州に暮らして居る女性に起きたら…。死にますよ。21世紀の、とりあえず「先進国」でこんな法律がまかり通る。中絶を合法でできるようになったのだって、わずか50年ほど前なのに。そんなに女性が嫌いかね?って、共和党の言ってること見てると思います。私は、妊娠したくなかった訳でも、したくて中絶した訳でも、ないです。単純に、正常な妊娠ができなかっただけ。命の危険があったから、中絶手術を医師が行っただけ。あの時、産婦人科で手術後にすごく嫌な目に遭わされて、ずっと嫌な記憶として残ってたけど、2024年のアメリカで、「あの時、1990年代の日本にいたことはラッキーだったんだ」と思う日が来るなんて、想像もしてませんでした。
日本で一人暮らし時代に買ったルクエのスチームケース。夫が家庭菜園で愛情かけて育てたししとうや、京都甘長、オクラ、茄子の調理に大活躍です。洗って水気のついたままの野菜と白だし、醤油をちょろっと足して、ごま油、生姜のみじん切りを入れて、1分程度(900ワットもあるんで…)チンするだけ。夫の大好物です。昨日の私のランチは、夫が作ってくれた夕飯のパスタの残り物でした。夫はというと、私のお友だちがくれた手作りの白菜の浅漬けを食べたいと、自力で鍋で白飯を炊いていたので、庭のミツバ入だし巻き卵をオマケで作ってあげました。(我家には炊飯器が無いもので。汗)日伊🇯🇵🇮🇹逆転ランチ。割といつもですが(笑)こんな、ささやかな幸せな異文化交流な食卓があるのも、こんな光景が現実に、当たり前になるようにと、命をかけて闘った人たちがいたから。自分の記録のために、LAという土地に住んだことで知ったこと、学んだことを、このブログに少しずつ書いて残して行こうと思います。
もう終わりですが、紫オクラの花、けっこう咲きましたミツバ、まだ元気にしています。夫がエビとレモンのパスタにパセリ代わりに入れたところ、臭みが消えて、めちゃくちゃ美味しくなることを発見したので、欠かせない食材入を果たしました。メキシコの小人(Mexico Midget)という品種のトマト🍅たくさんなりましたが、もう終わり。風味が濃厚で味わい深かったです。我家付近で子育てしてたらしいウズラ一家の一部。撮影時、残りのメンバーは裏庭中に散らばってました(笑)でもこのところ、見かけてません。夫が最後に見かけたウズラはお一人様だったそうです。みんな巣立ったのかな。暑い地域に暮らしてますが、近頃は熱波が来ても、夜に秋の気配を感じます。今年もあと3ヶ月なんですね。皆さまも心身の健康には気をつけてお過ごしください。
夜中12時前に、夫が「お腹空いたよ〜」と言うので、作り始めたら自分も食べたくなり、作ってしまった…(因みにサッポロ一番とんこつ風味です)12時過ぎて、お腹いっぱいなんですけど…。眠れるかなぁ?
1週間ほど前に、スマホの押し付けがましい「お勧め記事」で、「今週一番読まれた本」として紹介されてのがこちら。タイトルが、「家政婦は見ている」めっちゃウケたので、今度借りてみようか検討中です。もし、日本の家政婦は見たシリーズのパクリだったらどうしましょう?
なんと、ハリポタシリーズです昔は全部持ってたんですが、ある引越時に姪っ子たちに引き取ってもらった(果たして読んでもらえたかは謎ですが…)ので、今回は図書館の電子書籍&オーディオブックを順番待ちして読んでいます。発行されて何十年も経っているのに、未だに人気なんですね。1〜2ヶ月待ったかも。現在はシリーズ最終巻第7巻を三分の一まで読んだところで、めっちゃ手に汗握っています。ネタバレになるかもなので、これからシリーズを読む予定の方はここで回れ右していただきたいのですが…。前巻の、6巻から(たぶん、厳密には5巻から)ハリーが立て続けに大切な人たちやモノを失っていくので、読み進めるのが辛いこと辛いこと…その喪失の痛みを乗り越えながら、社会の大きな悪と闘って、少年が大人になっていく物語なんでしょうけれども、第一巻のあたりのノリで、子ども向けの本だし、主役や彼の大事な人たちは(水戸黄門みたいに)みんな最終的には大丈夫!って信じ込んで読んでると、めっちゃ痛い目見ますねそれにしても、20年ほど前に初めて読んだ時は、大筋のストーリーラインを追うのが精一杯の英語力だったので、細やかな背景とか汲み取れてなかったんですが、ハリーの敵の極悪魔法使いたちのやってることって…ヒットラーとか、今のアメリカの政治でも見られる、おカネを持った強者の一団による多くの弱者たちへの迫害ですよね。私は現在、アメリカという外国で、外国人移民として生活しています。昔住んでいた中西部と違ってアジア人の多いLAなので、以前と比べると街中で目立つこともあまりなく、不安もそんなに高くないですが、それでも差別的な人たちに標的にされる可能性がゼロではありません。そういう、最近の政治情勢と被る様子が描き込まれていて、妙にリアルな感じがあるので、身につまされたりしています。たかがフィクション、されどフィクション…ですね。
今日の記事は毒たっぷりの愚痴でございます…。とにかく吐き出したかったので、嫌ぁな気分を避けたい方は避けるのが吉です多分、全世界的に物価高が加速してるのが今の世の中なんでしょうけども、これ、都会だからなのか、モノが高いだけでも暮らしにくいのに、別の面でもめっちゃ嫌ぁな気分に先日させられてきました…。夫の親友が、数年ぶりに「会おうぜ!」というので、彼の指定した「カフェ」に朝ごはんに行って来たんです。ええ、オサレなレストランとかじゃなくて、カフェ。とは言っても、近頃はカフェとレストランの境目が分からなくなりつつあるし、どうやらオサレなカフェだったらしいんですけど…。人気があるらしく、そのせいなのか、スタッフたちが、まぁ〜態度悪い上に、上から目線!私たち夫婦は友だちより先に到着してしまい(友だちは遅刻魔)、外で待ってると暑いし、コーヒーを飲みたかったので、3人目は今向かってると案内のお兄ちゃんに伝えたところ、「ええ〜?」と予約表になってるiPadを眺め、「3人目、いつ来るのさ?」夫が「あと10分ほど」と答えると、「はぁ〜。じゃあ…、いっか」と渋々席に案内。ここは客席が渓谷を見下ろすデッキにあり、眺めが売りのはずのカフェですが、店内がらっがらだったにも関わらず、衝立で仕切られていて、絶対に何も見えないとこに通されました。↑↑私のコーヒーカップの右上に写ってるプラスチックの容器、何だと思います?コーヒー用のミルクですのよこの案内の男の子、親の家業を渋々手伝ってるティーンエイジャーみたいな不貞腐れ具合でしたけど、年齢だけで言ったら絶対20代に届いてたと思うので、スタッフなんだと思います。友だちは予測時間通りに到着しましたが、その不貞腐れ君、「あんたの連れ、テーブル欲しい(英語直訳しましたが、席に着きたいの意味)って言うからもう中にいる」って言ったんですって。どこまでも失礼。確かに人気のお店の中には、「お連れ様全員揃うまで案内出来ません」って最初に言うとこあります。その場合、お店は既に激混みなんです。そんなん先にハッキリと説明されてもおらず、恩着せがましく入店させておいて、勝手に不貞腐れて悪い席に案内された上で、友だちにまでそんな言い方かい。まるで私らが失礼な態度を取ったかのような言い草…ボーゼンです。夫婦2人だったら、ソッコー店出てましたが、友だちと会いたかったので耐えました。そして、ここ数年のお互いの近況報告で盛り上がってると、これまた、「あー、ウチ、90分までなんで(そろそろ出てってくれる?の意)」と、友だちがちょうど追加注文して届いたばかりのアイスティーに手をつけようとしたとこで言ってくる不貞腐れ君。しょうがないので、出るか…という流れになり、お勘定〜とウェイトレスに合図をしました。するとその女の子、テーブルまでやって来ると叫ぶかのように、「お会計、106ドル◯◯セントになりまーす!お勘定はどう分けますかー?半分ずつで良いですかー?」合計金額を大声でアナウンスされちゃったんですけど。そして割り勘の割合までほぼ勝手に決められちゃったんですけど最近のお勘定は、バーコード読み取り機みたいなものを持ってきて、客には渡さず、ウェイトレスが握ったまま見づらいデジタル画面上の金額をチラッと見せ、クレジットカードを差し込んでサインさせるのが主流になりつつあるんです。アメリカの飲食店ではチップというものを加算するのが普通ですが、チップはサービスに対しての心付けですから、金額が決まっている訳でも支払わなければならないものでもありません。元々は、精算時の金額を見てから適切な%を計算して追加するものでした。が、チラッと見せられる小さな画面では、店側に勝手に追加されたチップの金額も瞬時に計算なんかできません。ここで、「明細見せろ」と言うのは不粋ってもんよ?という圧をガンガンかけてきます。特にグループ客だと、何となくツレにも恥ずかしい思いをさせるかも…って雰囲気になるので、明細を要求するのはすごく勇気が必要になります。なので、黙ってサインしました。気分の良いサービスを受けた訳でも、眺めを楽しんだ訳でもでもないのに、たかがパンケーキやオムレツと飲み物3人前で100ドル超えのお勘定に、勝手に加算されたチップまでもぎ取られ、ムカつくことこの上ない経験でした食事や飲み物が不味くはなかったのが、せめてもの救いというか…。でも特別美味しかった訳でもない(笑)この2年くらいで値段を倍にしているメニューがあったので、世の中のインフレに調子良く乗っかってぼったくり商売してるんだなぁという印象でした。あと、山奥なんだけどお金持ち地域なのでね、アレを不当に高額だと気づかない客も多いのかもしれませんね。夫と友だちは、次は普通のマトモで美味しいとこに食べに行く予定だそうです。それが良いよホント。数年に一度、こんな感じで大外れな飲食店で痛い目を見ますが、今回は桁外れに外れましたでも、冒頭で書いたように、LAのような大都会ならではのハズレっぷりなのかもしれません。こんな感じだから、服などの買い物についで、飲食店に行くのも近頃は物凄く億劫なんです。コーヒーの一杯くらい普通に気楽に飲みに行きたいもんですわ
『ハリウッド(ロサンゼルス市内)には、「ハリウッド・ボウル」と呼ばれる野外コンサート場があります。そこで先日、ジャズ・フェスティバルが開催されていたので、家族3人(夫、お姉さん、私。笑)で出かけて来ましたチケットを取った時には細かいことは考えていなかったのですが、開始が3時半失敗したーまあまあキツイ日光に晒されて、倒れるかと思いましたそしてその猛暑の中聴いた前座は、高校生(音楽や演劇等に特化した高校の生徒さんたち)とUCLAのこれまたジャズに特化した大学生のグループでした。その高校の屋根の上のバイオリン弾きをこないだ観てきたばかりなんです。既にセミプロやプロの俳優をやってる子たちがいることもあり、ものすごい良かったんです。(暫く経つのに、未だに頭の中で『トラディショ〜ン!トラディショ〜ン!』とか、『マーズル・トーヴ!マーズル・トーヴ!』とか彼らの歌声がグルグル回っています…)きっと、このジャズグループもとっても上手だったんでしょうが、ジャズって…大人の音楽なんだよなぁと改めて思わされたのでした(笑)しかしあまりの暑さで前座聴いてる間に体力をかなり奪われてしまい、真打が出て来る前に帰宅の途についた私たち…もし来年も行くなら、時間を調整しよう!と3人で頷き合ったのでしたジャズということもあってか、周りにはたくさんのアフリカ系の皆さんが家族親族ご近所総出のピクニックといった様子で、これまたでっかいクーラーボックスを何個も引っ張って来てました。男性たちがいそいそと女性たちに冷たい飲み物を手渡したり、注いだりと細やかにお世話してて微笑ましくもあったり。野外コンサートってそういうのがまた楽しいんですよね。暑くて弱ってなかったら、もっと楽しめたなぁ。しかし、会場内での飲食物のお値段は「」な感じだったので、とてもじゃないけど私らには買えません。(例えばビールのロング缶が一本$17〜21)やっぱり次回も重い荷物を背負って行くのねあちこち熱波に襲われてますが、皆さま、くれぐれもご自愛ください。