4/19 横浜散歩 その2 | おっかぁブログ

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子供5人、孫4人、増え続ける家族との楽しい日々…
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中華街でランチを食べて夫婦共々満腹になったので、腹ごなしに元町山手をお散歩する事にしました😊


元町をぶらぶらウィンドウショッピングをして、代官坂を上って行ったら、代官坂の説明板を発見!

説明板に書いてあったのは…

【代官坂】

この坂は、山手の丘を越えて北方・本牧へ行く道で、箕輪坂と称していましたが、坂の途中この地に横浜村名主石川徳右衛門が居住していたことから、代官坂と呼ばれています。

幕末開港前後の当主徳右衛門は、日米和親条約締結のための応接場の設営、食糧、その他の設備一切を掌りました。

嘉永7年(1854)3月9日(4月6日)ペリーが横浜村に上陸し住民の暮らしぶりを視察したおり屋敷を訪れ、徳右衛門が供応した様子が「ペルリ提督日本遠征記」に記されています。

その後徳右衛門は、横浜町惣年寄となり町政を担当しました。

明治7年(1874)、坂の上(山手町7番地)にバプテスト自由伝道協会のネーサン・ブラウンが教会堂を建て布教の拠点としましたが、火災で焼失しその後、明治27年(1894)ベンネットが横浜第1バプテスト教会と称し、教会堂を坂の途中(現在元町2丁目80番地)に移転しました。

大正12年(1923)寿町に移転し、跡地に「日本バプテスト発祥の地」の記念碑を建立しました。

社団法人 横浜観光協会

横浜市教育委員会文化財課

平成7年3月


↑の説明板の中にあった「日本バプテスト発祥の地」については発祥の地巡りをした時のブログでどうぞ↓





代官坂を上って行くと、「クリフサイド」という建物が見えて来ます。

_φ(・_・

 1946 年創業の横浜元町クリフサイドは「山手舞踏場」として開店したレジェンドのダンスホールです。日本の有数のジャズミュージシャンが巣立った歴史あるステージと、100平米の吹き抜けのダンスフロアと和洋折衷の建築様式がドラマチックな空間をつくりだし数多くの映画の舞台にもなりました。


今はイベントホールになっているようです。

いつもなら代官坂をそのまま上がるのですが、そのクリフサイドの先にトンネルが見えたので何処へ出るのか行ってみました。

トンネルを抜けて振り返るとこんな感じ。

信号でトンネル内は交互通行になるようです。

トンネルを抜けた先には元街小学校がありましたよ。

またトンネル横の坂道を上って、代官坂上に出て山手本通りを港の見える丘公園方向へ歩きました。



ベーリック・ホール


白い石楠花




エリスマン邸


紫陽花が咲いてた!


キキョウラン




山手本通り 向こう側には山手234番館とえの木てい。


オキザリス




山手資料館

いつも通り過ぎてしまうので、今日は入ってみようと行ってみたら、昼食休憩中の札が玄関ドアに掛かっていて入れませんでしたので、また機会があれば。(12:15だったからね〜)




ブラフ99ガーデン




港の見える丘公園





バラモンジン






山手111番館の「カフェ・ザ・ローズ」でローズソフトをテイクアウトして、バラに囲まれた公園のベンチでいただきました🍦








8日ぶりですが、お花が咲き進んでいます。

来週辺りからバラの花も見頃になってくるのでは?

再来週くらいには満開というところでしょうか?


ガーデンのあちこちで、花の手入れ作業をされている方を見かけます。

綺麗なガーデンは、こういう方々の日々の努力のおかげですね!

感謝🙏




港の見える丘公園からフランス山公園を抜けて、元町に戻りウチキパンでパンを買って帰りました。


フランス山公園





🅿️に戻る途中、長男が結婚式を挙げた結婚式場の前を通り、懐かしくなりました。その頃に比べて🌲が大きく育ってます。



10時から13時半まで、約12000歩のお散歩になりました。


前日は、友人達と東神奈川駅近くの「かなっくホール」で4/24まで開催されている「神奈川県きりえ展」を観に行ったりと連日お出かけした私、帰りの車の中では夢心地で爆睡でしたよ💤

さて、次は何処へ行こうかなぁ😆




じゃあ またね〜╰(*´︶`*)╯♡