今回の帰省も、父の病院の付添いのためでしたが、姉から「新米が出来たので実家の倉庫に入れて来たから」と電話があったので、夫の車で昨夜出かけたのでした。
次女も仕事休みだったので一緒です。
実家の庭に咲く花たち
父の定期通院も午前中に済み、昼ごはんを近くのイタリアンで食べようと父を誘ったのだけど、やはり外食嫌いな父は却下。
実家に戻り、昼ごはんを父と一緒に軽く食べて夕食の準備を済ませ帰路へ🚗
途中、「香音」で遅めのランチ。
父と軽く食べた後なので、ランチ2とケーキセット1を夫、私、次女でシェアしていただきました。
ランチは前菜、好きなパスタ又はピザ、好きなドリンク、スイーツがセットになってます。
ケーキセットは好きなケーキとドリンク
久しぶりに食べたけど、どれも美味しかったです(^-^)v
今市に道の駅が出来たというのは知っていたのですが、まだ行った事が無かったので寄ってみました。
船村徹記念館もありました。
長蛇の列で数時間待ちが当たり前という、日光天然氷の「松月氷室本店」へ行ってみました。
店員さんに聞いたら、夏は連日、その後は休日、平日でも開店直ぐと正午頃から14時ぐらいは混雑しているそうです。
(月曜日は定休日)
種類が豊富で迷いましたが、生いちごみるくと宇治金時。
この二宮金次郎像で有名ですね。
「二宮尊徳翁の像」
報徳二宮神社から、新しくなった下今市駅舎へ。
何十年かぶりに今市を歩いてみて、昔とだいぶ様変わりしていてびっくり!
「人、生まれて学ばざれば、生まれざると同じ
学んで道を知らざれば、学ばざると同じ
知って行うこと能はざれば、知らざると同じ
故に、人たるもの、必ず学ばざるべからず
学をなすもの、必ず道を知らざるべからず
道を知るもの、必ず行はざるべからず」
知って行うこと能はざれば、知らざると同じ
故に、人たるもの、必ず学ばざるべからず
学をなすもの、必ず道を知らざるべからず
道を知るもの、必ず行はざるべからず」
「二宮尊徳の墓」
二宮尊徳翁は安政三年(1856)10月20日(11月17日)今市報徳役所内で70歳の生涯を閉じました。葬儀は同年10月23日に夕刻より如来寺でとり行われ、葬列は、報徳役所から如来寺まで続き大通りを埋めるほどの盛大なものでした。ご遺体は、 塩と朱でカメにつけた上、檜で立棺。如来寺境内(現在の報徳二宮神社境内)に埋葬されました。 尊徳は遺言で「余を葬るに分を越ゆることなかれ、墓石を立てることなかれ。」とし、当初はその遺言どおりに墓石は建てられませんでしたが、門人たちの間で墓碑建立の議が起こった為、死後3年たった安政五年(1858年)、現在の地に墓碑が建立されました。没後150年以上経った現在でも、尊徳翁のご遺体すべてが安置された当時のままとなっています。(ホームページより)
高校生の頃、この神社の前は良く歩いていたのに、中に入ったのは今回が初めてでした。
賑わっていた商店街も老朽化した店舗のシャッターが目立ち、そんな中に真新しい店舗がポツリポツリと出来てきたりしていて、道の駅が出来、駅も新しくなり、これから再開発に向かっていくのかな?と感じました。
子供のころ、母とバスに乗ってこの街に買物に来るのが楽しみで、それはそれはワクワクしたものでした。
キラキラのショーウィンドウのあのお店も、あの懐かしい食堂も無くなってました。
私の記憶の風景は、いつの間にかセピア色になってしまったのですね。
お土産は、わだの晃麓饅頭と、道の駅で買って来た、ゆばうどんと苔玉。
「なに?なに?なに?」と、興味津々な仔にゃんこたち。
早速葉っぱ齧ってるし(笑)























