今回の帰省は、夫と次女と末っ子と一緒です。
お盆の帰省の高速道路の渋滞を避けるため、12日の22時に自宅を出発

その時刻でも自動車数は多く、ところどころ詰まりましたが、酷い渋滞にあう事もなく13日の午前1時には到着できました。
この夜は、ペルセウス流星群が観られる日だったので期待していたのですが、日光はあいにくの曇り空、それに濃霧だったので、戦場ヶ原でペルセウス流星群を観ようというのは諦めて、真っ直ぐに実家へ

日光は、霧が多いところなので、やっぱり駄目かという想定内ではありましたが。
ところが実家に着いたら、その上空だけぽっかり雲も霧も無かったのです!
それもカシオペア座とペルセウス座方向だけはスッキリと見え、月を背にして眺めていたら、流星を5つも観られました。
30分くらいしたら、さーっと幕を引くように雲と霧で空が隠れてしまいましたが、諦めていただけにとっても嬉しかったです。
興奮してなかなか眠れなかった私…うつらうつらしているうちに朝になってしまいました。
朝まで濃霧で包まれてましたが、明るくなるにつれ霧がはれて、良いお天気です

朝飯前に、父とお寺さんへ。
まだ、夫も次女も末っ子も爆睡中です。
実家のお墓からの眺め。
男体山と女峰山の頭が見えます。
両親の命を繋いでくれている病院も。
父と一緒にお寺さんで、塔婆と提灯を貰って、お墓の掃除をして提灯は家に持ち帰りました。
提灯に火を灯して、自宅までご先祖様を案内するというもののようですが、車で持ち歩くには危ないので、火は消してから持ち帰り仏壇に飾りました。
今年は姉の姑の初盆なので、那須方向へ行かなくてはいけないのですが、この時期の観光地はどこもここも渋滞が見込まれるため、そこを避けながらの裏技ルートで向かいました。
昨年食べて美味しかったからと、塩原温泉のお蕎麦屋さんに立ち寄り…
お蕎麦ができるまでと、美味しいお漬物と、甘いトウモロコシを出してくれました。
地場野菜の天ぷらがたっぷりの天ザルうどんと蕎麦。
私はうどんにしました。
涼しい風が吹き、河原を眺めながらの食事は美味しいですね。
もちろん、次女は今年も川に入って遊んでました(^ ^)
とて馬車との遭遇に興奮の次女と末っ子(笑)
もみじ谷大吊橋
塩原ダムに架かる本州最長の無補剛桁歩道吊橋。
まだ渡った事がない次女に、夫が付き合って渡って行きました。
一度は渡っているし、高所恐怖症の末っ子と私は渡らずに待ってました。
人懐こいトンボと遊びながらね(^ ^)
橋の向こう側は、塩原ダム湖と公園になっています。(次女の写真)
抹茶ミルクみたいな色(^ ^)
塩原温泉から、那須に向かう道を途中から脇道へ逸れて姉の家へ

姉の家では、初盆でお客様で賑わっていました。
庭にはこんなものがありました。

栃木県北の初盆風物詩『高竿燈籠』について。
喜連川以北、矢板市より東の県北部一帯では、高さ5mにもなる燈籠を立てる風習があります。
杉丸太には、故人の数え年分の縄飾りを結んで中央に灯籠を吊り下げます。
灯籠内には電球が組み込まれており、陽が落ちると家人の手で灯りがともされます。
これは故人の魂を迎え入れる際、帰る家をすぐに見つけられるよう目印としての役目を果たします。
姑さんは88歳でしたので、数えたら2本づつ44個所に結んでありました。
帰りに姉が畑で採れた野菜をたくさん持たせてくれました。
姉のところの田んぼの稲も、台風も免れ順調のようです(^_^)v
実家に戻り、夕食を食べてから夜中に帰宅しました。
我が家にも高齢の義父が居るので、全員で出かけるわけにもいかず、次男も留守番です。
義父が元気だった頃は一緒に連れて行ったのですが、そうもいかなくなりました。
終活を始めた私の両親、私に色々と「その後」の事を託しはじめています。
義父は病気は無いものの、衰えが顕著に現れだしました。
いつかは自分も…と、どうしても姿が重なります。
そう遠くない時期にあるであろう、親の介護も覚悟はしています。
両親は、今のうちにしたい事をしておくと良いと、私がアクティブに過ごしている事を喜んでくれています。
花好きの母は、山で撮った写真を楽しみだとも(^ ^)
お盆帰省は毎年ありますが、過去を振り返ると、年数を重ねるごとにその様子も変化しているなぁと感じました。
親も私ぐらいの年齢で、子供達が小さかった頃、ワイワイと大人数で押しかけていた頃が一番良かった時期かなぁと懐かしく思います。
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