
帰宅して万歩計を見たら、約26000歩、約13kmになってました。
さてさて、どんな旅だったかと申しますと…
電車に乗ってから、浦賀へも行ってみたいね!ということになり寄り道してみることにしました

浦賀駅の案内所で地図をもらい、久里浜まで徒歩で1時間ぐらいで行けると聞き、海沿いを歩いて行く事にしました

浦賀ドック跡
浦賀駅の階段を下ると、巨大な建物が海側の道沿いに続いています。一世紀以上にわたって約1000隻にのぼる艦船をつくり続けてきた浦賀ドックの跡地です。
平成15年(2003)に閉鎖されるまで、30mを越す高さのクレーンが空を覆い、日本丸、海王丸をはじめ、青函連絡船・大型タンカー・自動車運搬船・護衛艦などの船がこの浦賀ドックで建造され、街はドックで働く人たちでにぎわいました。
浦賀での造船の歴史は古く、安政元年(1854)現在は暗渠となっている浦賀駅前を流れる「長川」の河口で、中島三郎助らにより日本最初の洋式軍艦である鳳凰丸が建造されました。太平洋横断直前の咸臨丸も、この河口で修理が行われました。
昭和18年(1943)に作られ、1基のみ解体されずに残されているクレーン、明治32年(1957)に建造されたドライドックなど(いずれも浦賀生協付近からフランス積みのれんが塀越しに見ることができます)に、当時の面影を偲ぶことができます。

西叶神社
京都神護寺の文覚上人が源氏の再興を祈願して石清水八幡宮を勧請したもので、平家が滅亡しその願いが叶ったことにより「叶明神」の称号が与えられたと伝えられています。
社は、天保13年(1842)に建造されたもので、社殿を取り巻く総数230を超える彫刻は安房の彫刻師「後藤利兵衛」の作品です。
利兵衛は文化12年(1815)安房国千倉の生まれで、江戸の後藤三次郎の門に学び、神社社殿の彫刻や山車、みこしを多く手掛けました。
拝殿の格天井(ごうてんじょう)の花鳥の彫刻には、当時の日本には渡来していないとされる花や鳥も彫られています。
棟柱を担ぐ力士像も彫られていますが、どこにあるのか探してみてください。
社前に堂々と並ぶ狛犬は、左右とも口を開けているように見えます。東叶神社の狛犬の口は、いずれも閉じているように見えることから、東西で一対となっているとの説もあります。
立ち上がって、柱の陰からこちらを窺うようなそぶりの、かわいい狛犬も隠れているので、こちらも探してみて下さい。
願が「叶う」、叶神社。パワースポットとしても人気があります。西叶神社の勾玉を、東叶神社のお守り袋に納めて身につけていると、恋愛をはじめさまざまな良縁を結んでいただけるそうです。
東西の叶神社は、浦賀の港を行き来する「浦賀の渡し」で結ばれています。

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つづく…
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