震災の日は、新聞もテレビもあらゆるメディアが、一斉に震災をクローズアップしていた。
映しだされるあの日の映像に胸が痛み、あまりにも大きなものを失った方々の悲しみに涙し…
しかしメディアというものはスポンサーあってのもの…
操作はそこに少なからずあるんだなぁ…と冷めて視てしまう自分がいる。
何かをせねば!偽善者にはなりたくないと、自分を奮い立たせ、被災地を巡った時の事が鮮やかによみがえった。
テレビという箱の中には収まりきれない惨状がそこには確かにあった。
たとえば、空にかかる虹をテレビ視るのと、肉眼で見るのとの違いのように。
福島県飯館村を車で通り抜ける時の、何とも恐ろしく見えないものへの恐怖。
南相馬市での支援物資を降ろす時、息子を車から出して良いのか迷った自分がいた。
それも、そこで生活をしている人々が居るというのに…
自分の身勝手さが嫌になった。
走行距離1330kmの旅
今でも、忘れられない風景がそこにあった。
あの時は、ゆっくりと花を手向ける事も出来なかった事が、今になって悔やまれる。
二年経った今もなお、まだあの時のままなのだろうか?
停まったままだった三陸鉄道の電車の光景…
テレビで再開されたと聞き、直ぐにでも行きたくなった。
津波から間一髪で助かった青年は、昨年入籍をして、新しい生活をおくっているという。
嬉しい報告に救われる自分がいる。
あの日以来、被災地の方々はもちろん、日本中の誰もが「何か」変わったと思う。
私は…
自分の弱さを知り
自分の無力さを知り
信心深く無かったのに、神社仏閣に手当たりしだいに手を合わせるようになっていた。
被災地巡りのレポート1⃣~8⃣までと長いですが、興味のある方はご覧になってください。
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