今の生活に、何とも言えない違和感を感じる。

こんなにも技術も医療も進歩しているはずなのに、
世界中のどれだけ優秀な人たちが集まっても、
未知のウイルスに対して、こんなにも怯えなくてはならないなんて。


家にいることしか、なすすべがないなんて。


今までの生活がいかに幸せなものだったのかを実感する。

生活を豊かにするための飲食業や旅行業、娯楽業が軒並み休業をせまられ、昔のアナログな生活にもどってしまったようだ。

昔は、生活することが第一だった。
朝起きて、朝ごはんを作り食べ、洗濯、掃除、そしてまた昼ごはん、夜ごはんと衣食住を全て自らこなし、便利な電気機器ができる前は、家事は立派な仕事であり、それで1日が終わっていた。
今は家事は最低限で、機械やサービスを使い時間をかけてすることは少なくなった。その代わり、仕事をしたり、趣味を楽しんだりして、自分を充実させる時間に充てるようになった。

それが、今できない。
他に、楽しみを求めることができない。

だからこそ、自分自身、そして家族との時間が多くなり、より身近なもので充実感を味わうしかない。
これが、アナログな感じがしてしょうがない。

昔に戻ったのだ。
多くのものを求めず、生活するということに重点を置く。

できていたものができなくなるのは、大変なストレスだ。


こどもたちは、家にあるものを使って、各々好き勝手に楽しんでいることにとても感心する。
けんかして泣いたり怒ったりしているけど、毎日元気だ。
それが救いでもある。
幼稚園にも行けず、どこにも遊びにも行けないけど、次から次へと遊ぶものを探して、飽きずに過ごしている。

私たちは、多くのものを手に入れすぎたのだな。
欲しいものはすぐに手に入り、行きたいところには世界中どこにでも行ける時代。

目新しいものが次々と出てくるから、自分で何かやってみようということが少なくなってしまったのかもしれない。
実際、今でもテレビなどのメディアで、家での楽しみ方や過ごし方を提案してくれる。
何かしらやってみようとするが、それでもすぐ飽きてしまうのは、自分の中に残るものが何もないからなのだ。

インドア派で、そんなに人付き合いも多くない私でさえ、たまにカフェ行ったり街ブラしたりすることで、気分転換をしていた。
癒しを、今できることの中で見つけていくことは、簡単なようで難しい。欲求ばかりが募っていく。

まぁ、最終的には諦めの境地で、考えてもしょーがないってとこに行き着いた。

私だけではない。大変なのはみんな同じ。

世界の発展のスピードに、今の生活はついていっていない。そこでもまた違和感。
ここで一旦ブレイクスルーといったところか。

進みたいのに進めない。

違和感を感じてしまうのは、ただただ目の前の現実を受け止め切れていないだけなのかもしれない。