何年も前の事です。お店の前に、ただただ、じっとたたずむ女性が居りました。
何かを見つめていました。
何だろう?私は接客の場所からそちらを少し覗きこみます。
どうやらその女性は、お店の前に置かれたお米をじっとじっと数分の間、見つめているようでした。
私は少しためらいながらも、聞いてみます。あの…、どうかされましたか?その女性はおっしゃいました。あ、ごめんなさいね…。ただ…、懐かしかったから…。うちもやってたのよ、…農家。つい先日まで…。重い口を開くようにおっしゃいます。もう住めなくなっちゃったから…。もう、お米も作れないのよ…。その女性は吐き捨てるようにおっしゃいました。悔しい思いと辛い思いと悲しみの入り交じった目をされていました。私はわかりました…。東北の大きな地震の影響で、その方はその場所に住めなくなり、そちらを去り、こちらに来ていたのです。…ただ、…ただ懐かしかったから…。お店のお米を見て、今までそこで普通に生活し、働いていた時の事を思い出されたのでしょう。私もその女性の気持ちがわかりました。私とその女性の瞳から涙がわーっと溢れます。お互い手を取り合います。頑張りましょうよ!簡単に言う事ではありませんが、それしか言葉が出ません…。硬い握手をしました。本当に、どんなにか辛いことでしょう。突然に、愛する家と土地を手放し、生き甲斐とする仕事を奪われ、その地を突如離れなければならないということが。
でも…、前に進まなければ。
その女性とはそこでお別れしましたが、ある日、ご家族であろう方々と、おむすびを食べに来てくださいました。その方々は、静かに、ゆっくり、お米の美味しさを味わっているように見受けられました。
私はお声をかけることはしませんでしたが、その方々の背中を見て、私も頑張っていこう!と、心に誓ったのでした。
ありがとうございました。
頑張りましょうね。