渡會君のソロアルバムが物凄く良いのだ。
こんな表現じゃ申し訳ないけど、単刀直入にただ、ただ、良いと言いたい。これまでのソロ音源は何だかんだで手に入れているので、正直新鮮味に欠けるし、どうしようかな、だなんて思っていた。でも過去、FoZZtoneの再録ものの実績もあるし、ブレチャで盛り上がった渡會将士人気をしっかり支えたい気持ちもあったし発売から少しだけ遅れてタワレコにオーダーした。

一時的に在庫がなかったのか数日たってから送られたアルバムのジャケットににんまり。
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いえ、知ってましたけど、やっぱり実物っていいからさー。

さて、【風の歌を聴け】からスタート。

村上春樹好きにはたまらないアルバムの出だし。
でも渡會くんはベーコンエッグ…ほど露骨に春樹の名を口にしません。そりゃそうだ。

全体通してとても贅沢なアルバムに仕上がってると言い切れます!

流れというかテンポというか、抑揚というか、嬉しさ、悲しさ、寂しさ、侘しさ、色々織り交ぜながらの展開がいい。もちろん
アレンジもいいし、再録分のバンドバージョンは生まれ変わったように生き生きしてる。 

色んなアーティストの色んな要素が詰まってて、
遊び心は満載、よく聴いてみれば歌詞に深い意味が込められている曲が多く、勝手に解釈してシミジミできる。


渡會君の力量が試されている時期だと思うけど、やっぱり彼は凄い人だなぁ。

才能だなんて簡単に人は言うけど、言いたくなるけど、渡會将士という人が、いかにこれまでの人生をがむしゃらに生きてきて、物事をあらゆる方向から丁寧に考えてきたのか、がとってもよく分かる。

冒頭に【風の歌を聴け】を持ってきたのは私は勝手に竹尾へのメッセージのように思ってる。

竹尾の名曲に風を歌う曲があるけれど、それと抱き合わせで彼に伝えたい。
Speaker×3ってのがまたね、妄想を掻き立てられる。

ま、そうであったらいいなぁ、という私の気持ちです。

それから 【井戸を掘る  】について
お父さんが井戸を掘った時の本当の気持ちは分からないけど、妻が遠くに旅立ってしまった時、人は何を思うのか、息子がこんな風にお父さんを見つめていたこと、何だかシンミリと幸せに思う。
井戸と言えば村上春樹と言えるほど村上春樹のこれまでの作品にはなくてはならない必須アイテムなんだけど、渡會君のお父さんが庭に掘ったってのには驚いたよね。あの頃のブログに画像つきでこの事について書いてくれた文章はとても面白いけど、寂しくもある短編小説みたいだったな。


まだまだ書きたいことはあるけれど、とりあえずすごくいいーということを伝えるために久々に書いてみました。


ここ一週間、ほんとに大騒ぎだったこの事件

小学校2年生の男児が親に躾として山に置き去りにされ、その後行方不明になったという…

男の子を育てたことのある人々は誰しもこんなことが起こりかねないような育児の困難さを味わっているはずで。

ニュースの記事として読むと

置き去り?

躾?

何何何?

どんな親なんだ、と思わせるものだけれど、私も息子が小さい頃、似たような出来事が相当あった。


女の子2人の間に挟まれた息子は

言うことはきかない
歩けと言えば歩かない
ここにいろ、と言えばどこかに行く

家族で週末どこかに遊びに出かけるとどんなに楽しく過ごしても最後のあたりは必ず息子が何らかの理由で泣いたりわめいたり、で

いいかげんにしろ!

おいてくぞ!

もう連れて来ないぞ!

などとよく父親に言われていた。

それでも小学校に上がると段々聞き分けもよくなって、3年あたり、ボール遊びが好きになってきた頃から公園で楽しく過ごすことができるようになったものだった。
4年生でサッカーを始めてからは本当に成長したし、毎週末試合があったりして、仲間との時間が増え、家族でどこかに行く機会もめっきり減り、必然的にトラブルはなくなっていった。

今回のこの物議をかもした置き去りについて

理性があればやっちゃいけないことだと思う。
でもこれ、やってしまいがちなんだなぁ。
この大和君、大きく成長する手前の男の子なんだよね。

躾と称しての置き去り
虐待との瀬戸際とも言えるけど、自分の子ながらもー手に負えない!言ってもきかない時はこの手を使ってしまったりするもの、いや、置き去りどころか育児そのものを投げ出したくなることはあるのです。

ただ

やはりそこで、本当に最後の最後の理性はなくしたらダメなんだってことですね。

状況を見極めて、やってはいけないことを教えていくのが親の躾。

これが正解という答えは簡単には見つからないけど、24時間365日続く子育ては深い愛情と大きな忍耐で臨まなくてはいけないものなんですね。

もう私の子育ては終わっているけれど、子どもの親である限り、見守る姿勢は保ち続けていかないとだなぁなんてことも思ったりしました。

しかし
この小さな男の子が6日間も1人で過ごしたなんてスゴイよねー。

どんなスペック持ち合わせてるんだ?なんて意見なども見かけたけど、本当にそう思う。

どんな6日間だったのか再現フィルムで見せてほしいくらいです。

この経験をどんどん話して、サバイバル術に磨きをかけて、冒険家になったりしたらいいな、だなんて勝手なことを思ったりして。

いや冗談ではなく、思い出さないようにするよりも、どんどん話したり、この先、深い知識を得て行く方がイイんじゃないかと思うのです。


1人で泣いてたかな。
不安で泣くこともできなかったか。
 
心を閉ざしてしまっているかも、という記事もあったので、注意深くフォローしていかなくてはならないだろうけど、ゆっくり時間をかけて、普通の生活に戻れるといいね。
本当に良かった。


すっかりご無沙汰な感じなアメブロです。

5月は何やら盛りだくさんな日々でした。

まずは長いゴールデンウィーク、ゆっくり休みました。

4月の終わりは善光寺で初めての宿坊体験をしてきたのだけど、5月に入ってからの連休は最終日にバーベキューをしたくらいで後は近場をウロウロ、基本家でのんびり過ごしていたような。


5/15には大阪の京セラドームにSHINeeのLIVEに行ってきたーーーーー


SHINeeのLIVEツアーはもう4回目だそうで、私のLIVE参加も5回目!

娘のおかげでSHINeeを知って、LIVEに行けて、幸せざんす。

正直、去年の東京ドームが最高過ぎて、まだふとした時にその余韻を思い出せるくらいなのだけど、常に更新し続けるSHINeeの生の姿はずっと追い続けていきたい。

みんな日本語がうまくなっちゃって、驚くわー。


翌週は東京へ。
息子の大学説明会。
今年は6年生になり、いよいよ国家試験に向けての勉強で日々大変そう。

毎年この時期行われる説明会も年々深刻さを増して、不安は常にあるけれど、もうこればかりは私にできることはないに等しいので、息子には頑張ってもらうしかない。

説明会が終わってから3時過ぎに息子を飯田橋に呼び出して、そんな時間から神楽坂の梨々苑で焼肉を食べました。

正月以来、久々に会った息子でしたが、まあ、特に痩せても太ってもいず、例年だとサッカーによる日焼けで既に黒くなっていたのが今年はもう引退していてあまり黒くないってくらい。


あまりドカ食いしないのは相変わらずで、でもおそらく久々の焼肉を美味しく食べてくれたはず。

息子とはそこで解散し、
新幹線までにまだ少し時間があったので神楽坂を少しプラプラ
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やっぱり路地をうろつくと何とも言えないワクワク感があるね。

その後飯田橋のカナルカフェでお茶したのだけど、ロケーションが素敵で、こういう時に東京を感じるなぁ。

かつて横浜で暮らした頃のこともちょっと思い出す。



さてさて昨日のこと。

天気も良く、朝から家の掃除をして、昼前にやっぱりバーベキューをやろう!ということになり行き当たりばったりな感じの呼びかけをして、来てくれた2家族。

その2家族は初対面という笑

でも何か、こういうゆるゆるしたグダグダなバーベキューはウチらしくていいな、と。

夫の仕事関係の友だち夫妻と、私の友だち夫妻、と5歳の子ども。

何故か打ち解け、和み、突如始まる生LIVEあり。

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私までちょっと歌ったりなんかして、楽しく日が暮れていき…

そこへまた友だち夫妻とワンコがやってくるという、夢のコラボレーション!笑


楽しい1日を過ごして幸せ。

もうすぐ引っ越して1年になるけれど、こんな風に突発的なことにも対応できる力量が備わってきたのかも。

皆が喜んでくれたのが何よりでした。

ただ、バーベキューはもう少しキチっとやりたいな。



きっかけは村上春樹だ。

昨年村上春樹がweb上で読者との交流サイト
『村上さんのところ』を公開し、恒例の質問コーナーを設けた。

小説家としての村上春樹ではなく、どちらかと言うと世間から少しズレた感のあるちょっとスッとぼけた村上春樹を楽しめるコーナーは過去もそれは人気ではあった。
けれど、今回はスマホの普及によるネット環境の激変からか尋常ではない質問が押し寄せて、村上春樹も、その周辺もてんてこ舞いになっている様子が面白かった。

この期間限定のサイトを彩る重要なパートは村上春樹を軽い調子で描くイラストだ。
安西水丸さん亡き後、誰が村上春樹を描くのかと思ったら新進気鋭のイラストレーター&漫画家であるフジモトマサル氏であった。

いや、実は新進気鋭などではない、私が勝手にそう思っただけであり、人気も実力も十分にある作家だった。残念ながら私は全く知らなかったのだ。

でも、彼の描く村上春樹は水丸さんの描き方とはちょっと違って、ほのぼの感よりも本人に似ている感が強く、失礼ながら実物よりちょっとカッコよく、何よりも脇の動物達に愛情があふれていて好感が持てた。

で、調べてみると、
結構な作品が既にある、彼のサイトもいい雰囲気だ。

でもそこまでだった。
ちょうど引越しがあったり、母のことがあったり、キルトがあったりで去年はあまり本と向き合う時間は取れず、買わず読まず…。

ある時、もう閉鎖していた村上さんのところの中の残存部であるFacebookのお知らせで
フジモトマサルさんの2016年カレンダーが発売されるということを知った。

ちらっと見ただけでもそのイラストの何とも言えない『らしさ』が感じられて、これは買わねば!と思っていた。

それで、近いうちに早速購入予約をしよう、と思っていた矢先だった。

突然
フジモトマサルさん逝去  の報を知ったのだった。


自分でも異常だと思えるほど、ここのところ人の死に敏感になっている。
才能のある人の死は残念でならないし、最期まで気丈に振る舞っていた人の死もそれまでの過程は一体どんなだったのだろうかと気になってしまう。

フジモトマサルさんに関しては、彼の最期の仕事の部分しか知らない、それなのに何故だかとても残念で、残念で、どうしてこう残念に思うのか不思議でならなかった。

それで、ともかくはカレンダーを買った。

クリスマス近くにそれは届き、手にし、眺めて、めくって、フジモトさんに少し近づいたような感覚がした。
リビングのシェルフの真ん中よりの左側、私がいつも座るダイニングチェアのちょうど後ろ側にカレンダーを飾り、新年が明けてから毎日幾度となくフジモトさんの絵を眺めていた。

でもまたしてもそこまでだった。

これだけ残念に思ったのにカレンダーを手に入れたことで一旦軽く満足したようだった。
相変わらず私は積極的に本を買わず、読まず…


ところが、それからちょっとしたいきさつでフジモトマサルさんの元奥さま、の存在を知った。

片岡まみこさんという方だ。

その方はまた版画、絵本、コルク作家、として人気の方で、今度は片岡さんのサイトを時々覗くのが楽しみになっていった。

TwitterやInstagramなどをフォローし、動向を追い、彼女の紹介する本を読んだり、彼女の絵本を買ったり。

それがまたどれもこれも良いんである。

彼女の書くちょっとした文章も、猫達のイラストも、版画っていうのもまた私が大好きなものなので余計に響いたのだと思う。
彼女が紹介していた『ごはんよければすべてよし』という宮脇彩さんという方の本もまた良くて、私達夫婦共すっかり気に入ってしまった。
また、宮脇さんのお父様が著名な建築家だと分かり、氏の著書も多かったので、それらを購入しては読み、なーんてことをしていた。


そして、ついこの間のことだ。


フジモトマサルさんのお別れ会があったことを知った。

そのお別れ会、だれが企画したのか、本人の意向がどれだけあったのか分からないのだけれど、とても良いお別れ会だったようで、そこでまた急にフジモトマサルさんのこれまでの作品を見たい!私は何だかんだ言って、肝心要のフジモトさんの作品を手に入れてないじゃないか!という気持ちになり

それで、まず

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これを購入した。
新しい物は手に入らず
状態の良い中古、だった。

もう、これがホントにスゴイ作品。

人は、何となーく思ったり、感じたりしていることって日々いっぱいあるけれど、それを他の何かと組み合わせたり繋げたりして、文章にするという能力が信じられないくらい高いの、フジモトマサルさんっていう人は!しかも、味わいのある文章と、それを補うような漫画が対になったように描かれていてそれもまたとてもよろしい。

天才です。

自分じゃそんなこと思っていなかったろうけど、閉ざされた小さな世界で、普通は言いにくい事を、きっちりと言葉にしながら、やんわりと表現して、人々の共感を得るという、とても複雑な技をお持ちなんである。

それでこりゃ凄い!と

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次に二週間の休暇

という漫画を購入。

手拭いも購入。もちろんフジモトマサルさんイラストによるものです。

またこれがもう素晴らしいんである!


どこまでも孤独で、小さな小さな暗い世界に降りて、その隅っこを細いペンライトでかざして見えるようなものを、そーっと観察しているかのような。
それでいて、その小さな世界の向こう側のだだっ広い未知の世界を穴ぼこから覗いたり、足を踏み入れたりしているような

不思議な不思議な感覚。

何でもない日常のディティールが丁寧に描かれたかと思うと、あり得ない描写の中で異次元に誘われるような。


とにかく、彼の作品を今買い漁っているところなんである。
もう新作はない、ということがとても寂しく感じるけれど、裏切られることはない、という妙な安心感もある。

人は死ぬ

彼は病気を発症する前から人の死を特殊なことでもなんでもないこととして、作品の中で描いている。彼自身の闘病記などというものもないし、彼が自分の深刻な病状をどう思っていたのか確認のしようがないけれど、少なくとも生にひたすら執着してはいなかったように思える。

その潔さみたいなものがサラッと作品に反映されているのを読んでると、彼の没後ファンとしては救われる気持ちになるのだ。


自分が好きになるものって、どこにあるのか、よく分からない。

数打ちゃ当たるとばかりに手当たり次第手に入れていてはお金ばかりかかって仕方ない。

でも、好きになる感覚というのは大体初見で8割は決まるような気がする。
その感覚を信じて、思い切って手に入れよう。
繰り返し読みたくなるのも重要なポイントだ。

それと、好きなものは連鎖する。私の場合は特にそうだ。



村上春樹→フジモトマサル→片岡まみこ→宮脇彩→宮脇檀

好きなものを辿っていくと、好きなものに囲まれる。

だから常に好きなものの周辺を探るべきなのだ。


フジモトマサルさんの作品、現在4つ、発注してある。届くのが楽しみ。


イイですよー、フジモトマサルさん。






http://youtu.be/tZtwXw14dEw

もうね、良すぎて!

何がって、新生brainchild'sのHUSTLERが、ホントに素晴らしい。

FoZZtoneが活動休止してからというもの、何だか寂しい日々でした。

わっちのソロも、そうかんたんに音源が手に入らないわ、LIVEだって、行けやしないわ、でどんどんどんどん遠ざかっていた感じで。

ここんとこ、SHINee f(x) クリープハイプ、など聴いて、それなりに満足しておりました。

つい先月はf(x)のLIVEで東京行ったりね。

音楽はいつも身近にあるわけだけど、FoZZtoneに関しては、わっちにも、キャノンさんにも、竹尾にも寄り添っていない、そんな日々だったわけです。


でも、このbrainchild's を立ち上げている元イエモンのエマさんこと、菊池さんがわっちを呼んでバンドを作ってくれたおかげで、久々に私高ぶっております。

アルバムの勢いがハンパない!

よくぞ、わっちを見つけてくれました!っていう感謝の気持ちと、菊池さんの作る音がまたとてもキャッチーでありながら玄人受けもするであろうこと、それに応える神田さんのベース、岩中さんのドラミングがまたまたまたまたまたホントに素晴らしい。

そして何てったって

わっちのボーカルーーーーー❗️

渡會将士 ここにあり❗️

と、誰にも何も言わせないようなカッコ良さと、度肝を抜く程のボーカル力の高さがガンガンに響いてます。

そうなの、これよ、これ、

人が作った曲だなんて、そもそも思ってないような、自分のもの感満載の歌いこなし!

わっち、本領発揮しています。


はちゃめちゃなわっちの遊び心も全て大きな懐で包み込み、また神田さんも、岩谷さんも、更にそれをパワーアップさせるようなサポートをしてくれて、

ほんと、ありがとう、brainchild's

ありがとうエマさん

わっち、吉井和哉さんにもべた褒めされて、

ほんと嬉しい。

金沢でLIVEがあるのも幸せだー。

あー、楽しみ。




あっという間に1月も終わりますね。
例年通り2015年をまとめようと思いつつ、文章を書く気がおこらず、そのままになっておりました

でも、思い直してとりあえずざっとまとめておきたいな、と。

2015年は大きな出来事として新居への引越しがありました。

2年がかりの計画、建築。
長かったけれど、今となってはゆっくり進めてよかったと思っています。

子どもたちが皆成人してからの家作りは、大事なポイントの絞り込みがしやすく、気持ちがぶれないためか迷いが少なかったように思います。
時間がたっぷりあったおかげで、新居で使う雑貨、キッチングッズ、食器、寝具やクッションなどのファブリック、掃除用具、ゴミ箱1つまで吟味することができました。
使い勝手とデザイン性を兼ね備えたもの、かといって奇をてらったものではないことが重要なポイント。

6月に引越してから夏、秋、冬と過ごし、快適な我が家に今のところ満足しています。
こういうといやらしいかもしれないけど、ホントにそう思ってます。
とりわけ薪ストーブの季節になってから生活が一層楽しく、かつ安定してきたように感じます。



ということで、2015年の前半は建築工事が始まってから完成までの半年で、日々の暮らしはマンションに居ながらにして、気持ちは常に建築中の建物にある、というようなそんな感覚でした。

だから、仕事終わりや、夕飯を食べてから家族で現場に来ては進捗状況を確認して小さな変化を楽しむというとてもかわいらしい〔家族の姿〕がそこにありました。


さて、職場の人手不足は相変わらずで毎日仕事に行く生活。

4.5.6月は社会人になった娘に車を貸してしまっていたので、自転車で通勤したりして、かなり健康的な生活に。引越してからはライトレール〔路面電車〕を乗り継いで通勤、これもなかなか楽しい日々でした。

ところが、10月実家の母がまたまた口腔癌を患いまして、こちらで入院することとなり、病院への移動に使うため私は慌てて日産のノートを買うことに〔おかげさまで母は今は一応退院してる〕
中古だったのでとても安かったわりには走行距離も少なめ、車の中も外もキレイ、しかもナビ付きで有難い。最低2年は乗りたいものだな、と思っています。

ではその他、少し項目別に色々述べていきましょうか、

【LIVE】

今年は3本。

3月  SHINee  東京ドーム
7月 SM タウン 京セラドーム
11月  TRICERATOPS 富山クラブMAIRO

何しろ忙しかったことと、下の娘が就職して、休みが極端に少ないことで簡単に行けなくなってしまったというのがあります。
それと、FoZZtoneが活動休止となりそもそも行きたいLIVEがあまりなかった、ということもあります。

髭HIGEもフィリポが脱退、アイゴンさん勇退、そしてMONOBRIGHTもまさかのタッキー脱退。

好きなバンドがこうも立て続けに脱退やら休止やらになってしまうと挫けるものです。

そんななか、TRICERATOPSは安定のバンド。
富山のハウスにまで来てくれる人気バンド、なかなかいないものね、貴重だし、LIVEは楽しいし、いい年になってきた3人、とってもカワイイ。

SHINeeは韓国のグループ。もうこれで4回ほどLIVEに行っているのですが、彼らのLIVE、ホントに素晴らしくて感動的です。
バンド好きな私ですが、SHINeeとF(x)はホントに大好きで、ものすごく聴いてる。

【iPod 再生回数】

えー、車に乗らない時期があったのと、私のiPod を娘が使ってしまっているので再生回数のカウントはできません。

だから印象的なことを言います
ものすごく聴いていたのは


SHINee
F(x)
クリープハイプ


突然降ってわいたようになぜかクリープハイプへの興味がでてきました。
最初は変な声だなぁと思っていたのに、尾崎さんだけじゃなくかおなしさんもまたいいんだよね。

それと
eastern youth
andymori
surface
コロコロチキチキペッパーズの卓球ネタでテレビに出る椎名君を久々に観て嬉しかったなぁ。
まさか【さぁ】がこんなに有名になるとは。



【映画】
今年はホントに映画を観に行ってない、たった4本です。信じられないけど、ホントに時間がなかったのです。それを補う体力もないため無理して観に行けなかった。

0.5ミリ
100円の恋
あん
ミッションインポッシブル

しかし、4本のウチ2本がサクラちゃんの映画だなんて、スゴくないですか?

【本】
火花
スクラップアンドビルド
本を読む時間をうまく作れず、毎月の文藝春秋を読むだけ。後は夫の買ってくる本をパラパラ…
でも今年は結構読んでいます。
いま落ち着いているので余裕があるからです。


【キルト】

ついに1年10ヶ月をかけてキルトが完成。
母に手伝ってもらったことがイイ思い出になりそうです。次の作品にはまだとりかかっていませんが、ゆっくりやっていきたいものです。

【FOOD DRINK】
秋からサントリー特茶をネットで購入しては飲んでいます。体脂肪を減らすという目的ですが特に変わりません。知り合いに勧められたんだけどなぁ。
それと
〔みっちゃん餃子〕
近所の餃子やさんで時々買ってきては食べているのですが、ここの餃子を食べ始めたら自分で作ることしなくなってしまいました。72歳で開業したみっちゃん。お土産専門で、あの清水ミチコさんもここのファンでよく餃子を送っているとのことです。
あ、でも自分でも作らないと!

【旅行】
今年は京都に1回
LIVE遠征で3月、その他息子の大学説明会や、母の付き添いなどで東京に4回、
あと、やはりLIVE遠征で大阪に1回

旅行らしい旅行はできませんでした。

今年は九州にいきたい!





【紅白】
紅白に関してはもう楽しめなくなってしまった自分がいて、今回のはまともに観ていないかも。
この変化はどうしてかな、と考えてみたんですが、やはり歌手の力が足りないからだと思います。
ずいぶん昔のヒット曲、何度も何度も聴いてきた曲をあの頃とは違うキーや歌い方で聴かされてもねぇ。内輪で楽しんで盛り上がってるようにしか見えなかった。
いつから視聴者がハラハラしながら歌手のパフォーマンスの無事を祈ってなきゃならんのかって、話です。もっと圧倒されたいですね。
うまいなぁ、とかスゴイなぁ、とかカワイイなぁでももちろんいいんだけど、もう少しワクワクしたい。
そういう意味で、天童よしみはやっぱり上手い人だと思ったなぁ。
松田聖子はホントに残念。顔もなんか変だし、髪の毛もあんなにおデコ出しちゃって、似合わないのに。服もネグリジェみたようなの着たり、変だったー。なんと言っても歌い方やっぱりおかしいし。

さて、他にも書いておきたい細かいことはまだまだあるのですが、とりあえずここまでにしておきます。





寒くなってきましたね。
新居に設置したストーブ、やっと出番が来たのです。

10月末に火起こし初めの儀式がちゃんとあり、その後しばらく暖かかったので出番はなかったんですが、さすがにこのところは燃やしたくなってきました。笑

夫の独壇場だったのですが、おとといあたりから私も火をつけて、薪をくべておりまして、見よう見まねではありましたが、何とか燻らせずにうまいこと燃やしております。

暖かいっす!

ストーブいいわー。

それと、全く関係のない今日のお弁当があまりにもキレイに出来たのでいやらしく画像公開。
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黒はんぺんのフライ
納豆の天ぷら
ツナ、チーズ入り卵焼き
トマトのバルサミコ酢浸け
ブロッコリー
ごぼうのキンピラ

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キルトを始めて1年と10カ月、とうとう、やっと、ここまで来ました。

キルティングが終わったのであります。

長かった…

と思っていたけど、私は早い方だそう。

人によっては9年やってる人がいる、とのことで驚きました。

始めた時の生地が変色しそうだわね。

きょうは久々に粟巣野まで行ってきて、キルトの仕上げにかかりました。

立山山麓にある粟巣野は秋も深まりもう冬の初めのような冷んやりとした空気。

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どうしてここはこれほどサマになるのでしょうか。

全てがアート。
ここで習いたい!という気持ちがあったからとも言えますね。

キルトの仕上げというのは何をするかと言いますと、

まず、裏地を選びます。

これは初心者ならではのことなのかもしれません。

多分上手になれば、綿打ちの時に表地、綿、中生地、裏地、という風に4層にして、キルティングに入ると思うんですが、私の場合は裏地はあとでつけることとして、まずは表地、綿、中生地、の3層でキルティングしていました。


後で裏地をくっつけるので、キルティングした裏側の縫い目が隠れるということです。

キルティングを正しく、まっすぐ、等間隔の縫い目で行うのはかなり難しい作業なので、初心者はいきなり裏地はつけられない、ってことです。


でも、先生も綺麗に出来ていると褒めて下さったし、近い将来、裏地にキルティングの縫い目がはっきりと分かる作品を作ってみたいものだなぁ、と思っております。 ゆくゆくは表地も無地のものにして、キルティングの模様、デザインで勝負!ってくらいになりたい。

きょうは、まず余分な部分をカットして、それから裏地と表地を中表にミシンでガガガーっと先生が縫ってくださって、そのあと押し縫い?とやらのやり方と、タッキングというやり方を教わりました。

合わせた裏地が浮いてこないように押さえるための作業になります。

いままでの作業に比べたらあまりに簡単ですぐ終わってしまいそう。
私の当初の予定とは異なり明るめのオレンジとは黄色の花柄の裏地にしました。
表地でもたった8枚だけ使われていた生地なんですが、我が家は暗めの照明なので、明るい裏地がチラリと見えてもいいんじゃないかなぁと思いまして。

思えばこの2年弱
色んなことがあったなぁ。

家の新築計画があり、工事が始まり、母が病気になりこちらに連れてきて入院させ、退院させ、二、三カ月おきに通院させ、その度小さなトラブルがあったりして、仕事は人手不足で大変だし、家事と仕事、母のことで色々苦労した期間でした。

いま引越しして、生活も落ち着き、少し余裕ができるか?と思いきやまたまた母が再発。

なかなか呑気に暮らせないようにできています。


    


もたもたしていたら記事を書き始めてから一週間が過ぎてしまいました。

きょうは朝から母の治療のため、大学病院に来ています。動脈からカテーテルを入れて口腔内めがけて化学療法をするためです。

全身への影響が少ないので、まずはこの治療。
これで効果があればそれに越したことはないのだけれど、どうでしよう。

無事に終わることを祈りながら今、売店でコーヒーを買って飲んでます。


治療が終わるまで1時間ちょっと、時間があるので、タイトルにした音楽の話をちょっとしたいと思います。

FoZZtoneが活動休止してから半年以上が経ちました。

最初受けたショックが少し和らいで、今は半ば諦めに似た感覚でFoZZtoneのことを思います。

surfaceのように絶対解散なんてありえない、と思っていてもその時は来る、どんなことにおいてもそうだけど、絶対も永遠もないということが今ではそれなりに納得して受け入れている。

先日、キングオブコントで、コロキチがsurfaceの《さぁ》をネタにして、ずいぶん盛り上がったけれど、どう盛り上がったところでsurfaceは解散しているし、いっときの復活を望むわけにもいかない。

でも、ただただ単純に嬉しかったなぁ。
それに、やっぱりsurfaceって、名の知れたアーティストだったんだなぁとつくづく思いました。

あ、これこれ、これ知ってるー、
とか
あれ?これなんだっけ?
とか

ぎゃ~surfaceじゃーん!

とか、すごい反応だったし、yahooのニュースにも取り上げられたよね。

知らない人があのコントで《さぁ》を知って、カラオケで歌ったりあのポーズをとったりしている様が十分に想像できるし、それだけインパクトのある曲をヒット曲として持ってる、ってすごいことなんだなぁ、と。

かつてはB'zのパクリだなんだ、とさんざん言われていたかもしれないけど、不思議と今回これだけ取り上げられても、B'zなんちゃら、ってこき下ろしたりする人を見かけなかったってのが、時の流れを感じさせました。

もうB'zって、別ステージにいて、若い世代にとっては引っ張り出してくる対象にはないのだなぁと、ハイ。


FoZZtoneの渡會君が9月丸っとアメリカに行っていたね。

Instagramで時々その様子をアップしていたけれど、驚いたのは彼は今回が初めての海外だったそう。


これまで彼が作ってきた楽曲は日本離れした雰囲気のものが多い。
難解な言葉や、繊細な表現は日本的でも、描く世界は多分に外国的。
日本にいながらにして、あれだけの世界を描ける能力って凄いものだなぁ。相当な妄想力があるのかも。

今回の旅がこれからの創作にきっと素敵な影響をもたらしてくれるのだろうけど、バンド休止中って、ツライなぁ。

竹尾とわっちが組まなきゃ!
って、私は思うのです。

いつか大きな会場でドヤ顔でタイブレーカーを演奏する2人をこの目で見たいの、絶対に。



Vertigoを聴くと何だか寂しくなります。


ところで、最近はよくクリープハイプを聴いています。

変な声だと思っていたけど、慣れてきたし、尾崎さんの作詞にセンスがキラキラしていてなかなか感心しているのです。

FoZZtoneの難しい曲に比べると一見リーズナブル、でも、単純じゃないよ、的なところがちょっと屈折した今風の若者な感じで良いと思います。

クリープハイプって、安藤サクラちゃんとの関わりがあるので、ついつい気になってしまい、その内にハマっていました。

こんな風に次々に気になるバンドって出てくるものですね。

さて、

そろそろ治療が終わる頃でしょうか。

無事に終わって戻ってくれたらいいのだけど。



ついこの間
職場の近くの親しかった方とお別れした。

食料品店を営んでいたその方は
いつもレジの前にいた。

私がお店に入ると

「いらっしゃいませー」と明るい声。

調理場の手前に並ぶ手作りのお惣菜、梅干し、漬物。

仕事で遅くなった時は本当に頼りにしていた。

お米を分けてもらったり、魚を焼いておいてもらったり、お料理のレシピもよく教えてもらった。

ずいぶん前に私が忙しくてヘトヘトの頃

いつもいつも励ましてくれ、ささいなことを褒めてくれた。

服装や髪型のこともよく「似合っとるよー」と言ってくれた。


病気になって、店をたたみ、長い闘病生活に入ってからは会うこともできなかった。

時折娘さんに様子を伺い、調子が悪いと聞くと私の気持ちも沈んだ。

手術や化学療法もずいぶん辛かっただろう、元気だった頃とは変わってしまってるだろう、

そんなことを思うと、会いたいとは言えなかった。


閉められたお店の前を通る度、具合はどうだろうか、と気になりながら1年半も経ってしまった。

そして、お別れ。

思い出すのはあのレジの前の明るい笑顔。

でも、喪中 の貼紙が現実…。淋しいです。




このところ芸能界でも、闘病やお別れの話が多く滅入るし堪える。

自分も年をとってきて、もちろん両親も相当年をとってきて、生きることについて考えることが多くなった。

暗いニュースに気持ちが引っ張られないように、立て直さなくては。

私は今生きているのだからしっかりしよう!




シルバーウィークという名称がいつ、どこからつけられたのか知らなかったので気になって調べてみた。

Wikiによると1950年代に映画会社の大映がゴールデンウィークの名付けをしていて、その後11月の文化の日あたりをシルバーウィークと呼んだようですね、興行的な狙いです。

で、近年国民の休日が色々改正されて、敬老の日の設定が変わったりして今年のような大型連休になる年があって、世の中がシルバーウィークと呼んでいる、と。

でも、NHKの報道なんかではシルバーウィークってのは別に正式名称ではないから言わないらしい。ふぅーん、そうなのね。

で、次にこんな大型連休がくるのは11年後とか?

昭和の時代の私としては体育の日は10月10日だし、敬老の日は9月15日なのだけどねー。


ところで、19.20日と京都に行ってきました。

昨日は嵐山を歩いた歩いた。

2万歩以上も歩いてクタクタです。

天龍寺、常寂光寺、竹林の道、御髪神社、落柿舎、清涼寺、とまわりました。

途中ちょっとあやしいものがありましたが、スルーします。

京都は秋の始まりです。

紅葉には遠いけれど、少しだけ色づき始めた木々とまだまだ夏のような緑の木々と、萩、曼珠沙華、紫式部、などなど、庭園を歩くのはなかなかのものでした。
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天龍寺の庭園の中にある篩月にて、精進料理を
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これは常寂光寺の萩です。

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同じく常寂光寺の色づいてきた木々
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夕飯は寺町に戻って、市場小路 という居酒屋さんで、たらふく食べました、鉄板焼きライブパフォーマンスをガン見できるカウンターに座ったので、お料理を待つ時間も楽しめました。

それで、ホテルはパックだったので期待していなかったんだけど、想像以上にお粗末で笑えました。

外国人が多い
部屋が狭い
ベッドはシングルサイズ
バストイレ一緒のユニットタイプ
最低限のアメニティグッズ
古いドライヤー
冷蔵庫かと思ったら保冷庫‼️
同じフロアの客の声が丸聞こえ

でも

他にどこも空いてなかったし、駅に近いのでアクセス良好、荷物預けたり、取りに行ったり便利だった、ということでプラマイゼロ、ではないけど、まあヨシってことで。笑


きょうは東福寺に行って、そこから清水五条に出て、またまた歩いて歩いて、暑くて、きつくて、ふらふらして、二年坂の途中にある【かさぎ屋】にてカキ氷を!

これが、氷の削り具合、宇治シロップの具合、あずきの具合、白玉の具合、どれをとっても申し分ない、過去最高のカキ氷でした。

たまらず二杯目を注文し、今度は宇治しるこカキ氷というこしあんタイプの物を。
それもまたホントに美味しくて、聞くと何でも10月12日くらいまでカキ氷を出しているそうです。
カキ氷が大好物な私としましては是非とも10月のカキ氷を食してみたいと…。

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それから、その後近くの【かんざし屋】にて、かわいいかんざしを買ってきました。
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画像は娘です。

かんざし一本で夜会巻きができるんですねー。
お店のキレイな彼女に教えて貰って、購入後すぐ、自分の髪もかんざしで巻いてその後の京都の町を歩いておりました。
この飾り玉の中は朝顔の柄になってて、可愛らしいの。

ちょっと髪が短くなっちゃったので、やりにくい感じではあったのだけれど、うまくできまして、家に帰って娘のをやったらやっぱり若いって素晴らしい 笑

私の100倍もいい感じです。


京都は何回行っても楽しめますね。
小さなお土産を買うのも好きなので、歩くのも辛くない。ま、きょうはちょっと暑くてキツかったけど、カキ氷でチャラになりました。


他にも団扇を買ったり、かわいい紙皿を買ったり、鳩居堂で秋の柄のハガキや来年のカレンダーを買ったりして、普段物欲のない私が結構買い物してきました。

それで、そういった品物が包まれていた包装紙がまた何か質素でいて趣きがある物ばかりなので、捨てるのがもったいなくて、袋を作ったりして 笑





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昔、よく母親が綺麗な包装紙をとっておいては新しい教科書にカバーかけてくれたり、小さな袋や封筒を作ってたものだなぁ、と。懐かしいことしてみたくなりますね、これも京都効果でしょうか。