いつからだろう?
いつから私はここでこうしているのだろう? 記憶の中を探ってみてもその答えは見つからない。当たり前だ。だって、物心付いた頃から私はこの場所から離れたことがないのだから。
見晴らしの良いこの丘からは、遠くの景色まで見ることが出来た。多くの人々が暮らす町、小さな船が頻繁に出入りする港、月を映す狭小な湖、日が昇る雄大な山。
晴れの日、雨の日、風の強い日。また時間によってもそれらの景色は様々な表情を見せてくれるのだけど、長い間ずっとここにいる私はもう疾うの昔にその景色たちを新鮮に感じることもなくなってしまった。
いつからだろう?
いつから私は景色を見てるだけでは物足りなくなってしまったのだろう? 再び記憶を探ってみてもやはり答えはそこになかった。もしかしたら、その感情も物心付いた頃には既に持っていたのかもしれなかった。
それとほぼ同時に、私は外の世界に行きたいと思うようになった。いつもと変わらない場所に立って、変わらない景色を眺めて、そして変わらない明日が来るのをひたすら待つ。そんな毎日を過ごすのが嫌になった。
このままだと、今いる場所から一歩も動かないまま私の生は終わってしまう。そう考えると気が狂いそうになった。なんとしてでもここから動かなければ。ここから逃げなければ。私の気持ちはいつでも外の景色に飛んでいたけれど。
結局、私自身が外の世界へ飛び出すことは出来なかった。私が思っていた以上に私にかけられた呪縛は強固なものだったようだ。
いつからだろう?
いつから私はこんなにも穏やかな気持ちになれたのだろう? 今度の答えは私の記憶の浅い場所ですぐ見つかった。
私の子供たちが生まれた時だ。今はまだ私と同じようにこの場所から動くことは出来ないけれど、あとほんの少し成長すれば子供たちは外の世界へ飛び立ってゆける。私の可愛い子供たちが巣立っていくのは寂しいけれど、その旅立ちの日がここから逃れられない私の最後の夢になっていた。
私の可愛い子供たち。
私の代わりに――もう余命幾ばくもない私の代わりに、外の世界を見てきて。
私はそれだけで満足だから。
私にはもうそれしかないから。
生まれてから死ぬまでここに留まり続ける私の、最初で最後の、
ぶち。
「ままー、ままー」
「なあに? ……あら、何を持ってるの?」
「そこにはえてたのー。これ、なあに?」
「これはねぇ、タンポポさんよ」
「たんぽぽさん?」
「そうよ」
「うそだー! だって、たんぽぽさんはもっとまあるくて、きいろくて、やわらかいよ。こんなに、ぎゅってなってないよ」
「うーん、黄色いのもタンポポさんなんだけどね。……それはタンポポのお母さんなのよ」
「おかあさん?」
「そう。黄色いタンポポさんが大きくなって、赤ちゃんをたくさん生むの」
「じゃあ、このたんぽぽさんもってかえったら、おうちにたくさんたんぽぽさんはえてくる?」
「残念だけど、赤ちゃんがちゃんと育つ前に摘んじゃったからダメだと思うわ」
「えー、つまんなーい」
「つまんない、じゃないの。ほら、ちぎっちゃったタンポポさんにごめんなさいは?」
「ごめんなさーい」
「うん、よくできたわね。それじゃ、帰ろっか」
「うん! ままー、きょうのごはんはー?」
「そうねぇ――」
…………
……
私の可愛い子供たち……。