揺れている。床が、壁が、天井が、そして自分が。地に付いた膝と手の平から、わずかに返ってくる抗力と蠢動、それに伴う悪寒が脳髄にまで這い上がってくる。それでも臓物のように肌にしっとりと吸い付いてくる地面から手足を離すことが出来ない。

 しかし、それが出来ないのは何か特別な理由があるからではなく、

「な……、何? ツカサ、もう、息切れ、してるの?」

 四つん這いの姿勢のまま極度の疲労で動くことも出来ず、全身で喘ぐことしか出来ない司の横に、修が不安定な足場を軽くバランスをとりながら近付いてくる。その言葉は強気だが、そういう彼女も司ほどではないにしろ、息を切らしている。

「そんなこと、言って、シュウも、肩で、息してる、じゃん」

 今度はやや離れた場所から弱々しい笑い声が上がった。司が何とか顔を起こしてそちらを向くと、貴久子が膝に手を付いて呼吸を整えていた。その表情は愉悦にというよりは、苦悶で歪んでいるように司には思えた。

 修は反論する気力もなかったのか、それとも図星だったからなのか、貴久子の揚げ足取りに大きな溜め息で答えるとそれっきり黙ってしまった。

 それを合図に、貴久子も修も喋るのをやめて、荒くなった呼吸を鎮めることに意識を切り替える。嵐の後の静けさとでもいうものなのか、不意に訪れる生ぬるい静寂に三者三様の呼吸音だけがしみ込んでいく。

 やがてその音すらもどこかへ行こうかという頃、新しく空気を震わせるものがあった。いや、新しいと司が感じただけで、その実、最初からこの場所に響いていたのだろう。あまりにも小さいその拍動音は、空気が激しく自分の口を出入りしていたために、耳に届くまでに掻き消えていたのだ。

「はあっ、はあっ……。んっしょ、っと」

 まだまだ疲労は残っていたが、司はそれでも勢いづけてふらふらと立ち上がった。なるべく意識しないようにしていたが、不安定な足元を確認した瞬間に嫌でも目に入ってしまった。

「ねえ、シュウ。この魔王城ってさ。もしかして、ずっとコレが続いてるの?」

 足元を指差して、司は隣にいる修に半眼で尋ねた。うんざりしている司とは対照的に、修は昨日の晩御飯を思い出しているかのように、気楽そうにポニーテールをいじりながら視線を上に向け、数秒ほど呻くと、

「確か、魔王がいる部屋までは、ずーっとこんなのが続いてるはずよ」

「え、そうなの?」

 いつの間にか近くに来ていた貴久子が、修の話を聞いて大きく肩を落とす。徐々に減退していった疲弊が舞い戻ってきたのか、大きく溜め息を吐く。

「勘弁してよぉ。さっきから戦い辛いったらないんだから。見た目も悪趣味で、気分悪いし。んっ……まあ、それっポイって言えばそうなんだけどさ」

 貴久子は手を頭上で組んで背筋を伸ばし、改めて周囲の様子を確認して、顔をしかめていた。

 それも無理からぬことだろう。司は正直、このラストダンジョンに入った頃からずっと吐き気を抑えていた。いや、正確には入る一歩手前からか。まず、その内装を見た瞬間に司の胃から酸っぱいものがこみ上げてきて、司は鼻と口を両手で覆わずにはいられなかった。包丁で切った指を見ただけで気分が悪くなる司には、それは多少刺激が強すぎた。

 屍肉を思わせる、赤黒く波打つ床。それは壁面や天井にまで延びていた。司が一歩その中に踏み込むと、泥沼にはまってしまったように、たわんだ床に足がくるぶしまで包まれた。生暖かく脈打っているのがブーツ越しにも分かり、頭がくらくらと揺れた。これは足場が不安定だったためでもあっただろうが。

 床も壁も、そしておそらくは天井も、ゴムのような感触で司の身体を押し返してくる。それが司には、指くらいの太さから司の胴回りくらいの太さまでの大小バラバラな血管で出来ている絨毯のように思えて、完全に意気が挫かれてしまった。

「大丈夫よ、後もう少しで最後の部屋に着くはずだから。……ほら、あそこ! 休憩できるトコがあるから、もうすぐそこのはずよ」

「え? あ、ホントだ! 早く行こ、私もう疲れちゃって」

「ちょ、ちょっと待って……」

 岩で出来た椅子とテーブルらしきものを発見して、意気揚々と貴久子と修が歩いていこうとするのを司が呼び止める。

「……なに?」