さすがにもう手を離して司の数歩前に立っている修に、少し遅れて司も続く。後ろを振り返っても、そこにはもう例のドアは見当たらなかった。
「さて。……えっと、キクコ、だっけ? 多分そのコはこの町のダンジョンにいると思うから、一応町の中を一通り見て回って、で、その後すぐにここのダンジョンに行くわよ。いい? 何か質問は?」
修は、一応そうは言っているものの、今すぐ行動に移したがっているようだった。先刻から質問ばかりして、修の足止めをしていることは分かっているのだが、
「えっと……、いいかな?」
気に掛かっていることを放っておいても後で怒られそうな気がして、司は挙手をして恐る恐る尋ねる。
「何よ? 何かあるなら、さっさと言いなさいよね!」
その態度が気に入らなかったのか、さっそく怒られてしまった。腰が引き気味になりながら、それでも何とか司は声を出した。
「あのさ、3つ目のイベントって言ってたけど、オレ、まだ一つもイベントこなしてないんだよね。貴久子とシュウを助けるために急いで来たから詳しいことは何も聞いてないし。それでも大丈夫なの?」
また怒られるかと思ったが、修はそのくりくりした目を点にしてこちらを見ていた。そして、呆れたように、はあっとため息をついた。そんな仕草をしていたが、修は、司の気のせいでなければ、どこか嬉しそうに見えた。
「ほんとに何も聞いてないのね。あのね、このゲームでは、一応難易度の目安としてイベントごとに番号が付いてるんだけど、イベントを発生させる順番は決まってないの。だから、一般的なRPGとは違っていきなり3番目のイベントからでも始められるわけ。ま、そんなことしたらかなり危険だから普通はやらないけどね。……他には? 何かある?」
まだ少し腰が引けたままの司が、あるともないとも言えないでいると、修はこちらが及び腰になっていることに気付き、ふ、と苦笑する。
「ごめんね、大きな声出しちゃって。別に怒ってるわけじゃないから、そんなに怖がらないで。分からないことがあったら何でも聞いていいのよ」
修のその言葉を聞いて、司は改めて修が年上であることを実感した。
(見た目とは大違いだね)
さすがにそれは声には出さずに心に留めておく。修との間に感じていた溝が少し埋まったような気がして、司はそれなら、とずっと気になっていたことを聞いてみた。
「そういえばさ、オレの職業を決める時に、オレの手をつかんで闘士にしたのってシュウだよね? あれって何でなの? 闘士が一番初心者にはやりやすいから?」
最初のうちは修の気まぐれか何かかと思っていたが、今のお姉さん振りを見て、司はそんな疑問を抱いていた自分が少し恥ずかしくなった。
(きっとそうだ。多分慣れないうちは戦いながら魔法を使ったりするのが難しかったりするんだ)
考えてみると、超がつくほどの人見知りの激しい司にしては、修とはかなり普通に喋れている。司の無意識が、修は信頼に足る人間だ、と判断している証拠ではないだろうか。
修は、司の問いに優しげな微笑を見せ、
「ああ、あれね」
簡単なことよ、と前置きして、修はその理由を極めて簡潔に教えてくれた。
「なんとなく、よ」
簡潔どころではない。一言だった。にもかかわらず、司にはその言葉の示す内容が見えないでいた。
「え?」
「うーん、もうちょっと正確に言うとね、ツカサが僧侶なんて面白くもなさそうな無難なの選ぼうとしてたから、もっと男らしいの選びなさいよ、って思ってね。で、アタシまだ闘士はやったことないから、じゃあコイツにやらしちゃえばいいや、って。そう考えてたら、体が勝手に動いちゃったのよね。いや、あんなことするつもりはなかったのよ? なかったんだけど、つい。エヘ」
最後にチラッと舌を出すあたりは、男性の意識をごまかす技術をいくらか身につけた、実年齢の年上らしさの表れなのか、はたまた無邪気さが無意識に表層に出てきた、見た目の子供っぽさの表れなのか。そんなことが司の頭をよぎったが、今それよりも司を強烈に締め付けているのは、ただ一つの感情、憎しみだった。
修に対しての憎しみではない。一分ほど前に、修を疑っていた自分を恥じていた自分。そんな自分が憎く、そして情けなかった。司の内へと向けた自省の念は、間もなく外へと向ける激情へと変わる。