何年かぶりに
醍醐寺へ行って来ました
真言宗醍醐派の総本山醍醐寺
弘法大師の孫弟子、理源大師・聖宝が貞観16(874)に創建した
山岳信仰の霊山(醍醐山)に登った聖宝は
地主神・横尾明神より
こんこんと水(醍醐水)が湧き出るこの山を譲り受け
如意輪の観音を刻み山上に祀ったのが醍醐寺の始まりです
開創後、醍醐、朱雀、村上の
三代にわたる天皇の深い帰依により
山上に薬師堂、五大堂、
山下に釈迦堂、法華三昧堂、五重塔などが次々と建立され
山上山下にまたがる大迦藍が完成した
通称、山上を上醍醐
山下を下醍醐と呼んでます
何度も火災にあい
応仁の乱では五重塔を残し下醍醐は消失
上醍醐も荒廃
長らく復興に至らずにいたが
豊臣秀吉の『醍醐の花見』を契機に
秀吉並び秀頼により再建された
秀吉は醍醐寺の三宝院の景観をことのほか愛し、
この桜並木はその醍醐の花見のために
近隣諸国の近江、山城、河内、大和から
取り寄せた桜700本を移植し
春になるとこの地で観桜(かんおう)の
宴を盛大に開いた
秀頼や北政所、淀、三の丸など
女房衆1300人余りが参加したといわれています
京が都だった平安時代、
貴族達は酒や肴を携えて
花を愛で歌を詠んだ
その花も今のように花見と言えば桜ではなく、
梅や桃などであった
しかし、どちらにしても庶民には
お花見など縁遠いものだった
その花見というものを庶民が知り
噂にも話したのが、
太閤(関白をその子どもに譲った人のことをさす)さんの
花見と言われた
これを機に庶民の間にも
お花見が広がっていったと言う
京都最古の五重塔(天暦五年建立)を
はじめ歴史的に貴重な建造物
仏像、絵画、工芸品など
10万点以上(内、国宝41点
重要文化財63692点)の寺宝がある
世界文化遺産の境内を背景に
枝垂れ桜、染井吉野、山桜、
八重桜など1000本の桜が
順番に咲き誇ります
豪華絢爛な桜並木を潜り抜ける
大名行列に因んで
4月の第二日曜日は
豊太閤花見行列が開催なされてます
丁度この日だったので
凄い人でした
三宝院
霊宝館
息をのむ程に見事な桜でした
この日は
6部咲きかな…
今週は満開の見頃かと思います
ご機会あれば
ごゆるりと観桜にいかがでしょうか









