It shuts and it keeps shutting through all eternity. -3ページ目

その時、二人はまだ出会えていなかったんだ。


キミは僕の中で、ただ僕の空間を通過する出来事でしかなかったし、


キミには僕はあまりに酷い昔の恋人だったのだ。


ただりついたのは結局由比ガ浜近くのレストランだった。

あちこち行きたがる隆一郎に自宅の近くを指定してようやく収まりがついたその日のデートだった。

雨は日が暮れてもただ、静かに、かすかに、地上を湿らせていく。

由美はテーブルに置かれたグラスをぼんやり見ていた。

『隆一郎は記憶喪失なのかもしれない。』

ただ、漠然と考えていた。

その日一日、二人はデートをしたのだけれど、太陽光の下で由美を見ても彼は気がつかないのだ。

あてもなくドライブをして、あてのない所謂”初対面”の会話に飽き飽きしながら由美は寂しく思う。

雨の日はいつも二人で喫茶店で朝から晩まで漫画を読むのが二人のお気に入りだったから。

会話のひとつも無いのに穏やかに繋がる二人の心。

昔の隆一郎は雨の日とか天気の悪い日は出歩くよりも楽しい時間の使い方を心得ていたのに。

今は、他人行儀に隆一郎は雨であってもひたすらに由美を連れまわす。

だって、初デートだから。無理もない事でしょう。

『彼は私を知らないのだ』

その事実が雨のように由美の心に侵食し、湿気を帯びさせる。

秋の雨は冷たく、重い。

音も無く、けれど酷く重たい感情に手の施しようが無い由美。

けれどその事にはなぜかあまり衝撃を受けることなく、こうなる気がしていたように思う。

私達はいつもそんなにシンプルじゃなかったから。

『・・・岡山か、そんなにも人柄が違うもんなんだね。暖かい気候は人をも穏やかにするのだろうか』

隆一郎は由美のでっち上げの岡山の話をしきりに納得しながら聞いていた。

二人は雨の日曜の夜をきとまったく違った視点で”いとおしく”感じていた。

由美は現実としてもう一度隆一郎と巡り会えた事に悲しくもいとおしいのだ。

ラストオーダーの確認をとるウェイトレスによって二人の時間はまた動き出す。

いつの間にか雨は霧雨から霧となって海と森の木々を繋ぐ鎌倉の夜となっていた。

並ぶわけでも、寄り添うわけでもなく、二人は店を出た。


数年前のある日に彼女に出会った。
初めて待ち合わせたのは濃い霧のような雨がかすかに降る日曜の午後だった。
北鎌倉駅は息が詰まるほどに霧状の雨に包まれ、周囲の音は吸い込まれ、静かだった。
僕は、ある意味で希望に満ちていて、明日の日も恐れることも無かった頃。
そして、ある意味ではもう何も見えなくなってしまっていた頃。
そう、彼女に出会った。

だけど・・
その時の僕は、君にはまだ巡り合えていなかったんだよ。

僕は、なにを得て、何をなくしたのだろう?
わからないけれど、今もあの頃も、変わらずに僕たちはお互いの周りをぐるぐると回っている。
僕がどれだけ間違っていたとしても、気がふれていても、どれだけ愛しても、
衛星のように彼女が保つスタンスは少しも変わらない。
おかしくなった僕を見捨てもせず、変わらず微笑んでくれて、また、変わらずに冷め切った笑みでもあった。
あとは、愛するのか、憎むのか、どちらかしかない。
そう思うしかなかった。


僕は神奈川に来て間もないという彼女と待ち合わせていた。
行先なんてあんまり最初に決めたくないという彼女に押されて、
結局待ち合わせの時間を決めたくらいで何も考えてなかった。

『晴れるだろう。そしたら台場だろうとみなとみらいだろうとどこでもいいだろう』ってなくらいにしか思わなかった。
その程度にしか感じなかった。
彼女のこともただの日常に時々現れるイベントくらいにしか思っていなかった。
誘って欲しくて仕方の無いバイトの女の子達との食事、
同僚の女とエンドレスに続く愚痴を聞いてやる夜、
そうやって人々は通り過ぎてくだけだ。
彼女もそうだろうとしか思ってなかった。

とにかく、その10月のある日に僕たちは始めての待ち合わせをしたのだ。


由美はずっと知っていた。
彼が現れた時にすぐ気がついていた。
彼が隆一郎だって事に。
でも、私の名前を聞いても、きっちり目をあわせ、
顔を見ながら話していてもまったく無反応なのには頭にくる。
あの頃から10年以上経つんだから仕方ない。
しかし世の中は不思議なものだ。
あれだけの事が一度に起きて、大切なものがみんな壊れて、
もうめっちゃくちゃな状態で逃げるように父の元に来たあたしと
隆一郎が席を並べている。
こいつとあたしの人生の線路が一体全体、
どこでおうからまってるのか神様に問い正してやりたい気分だ。
あの日、いやあの時代、なにも恐れるものもなく、輝いていたあの頃。
確かにこいつのこの手と私はよくてをつないでいた。
私はそんなことばかり考えていたので、今度は私が上の空だったらしく、いつのまにか、
私たちは夜の桜木町に放り出された。

桜木町の汽車道の真ん中あたりに来た時にちょうどいい潮風が吹いていた。
隆一郎は一人立ち止まっていた。

私は、ちょっとした実験をしてみることにした。
『ほらみて。ここ、ちょうどクィーンズのあそこのオブジェが重なって見えるでしょ?』

『ああ、ほんとだ。』
とけだるそうに言い、隆一郎は歩み寄ってきた。

北東に向かって日本丸脇の奇妙な形の管理棟と、
その先にあるクィーンズの巨大なオブジェが、
夜景の一部にぼんやりと見えていた。

『どんな意味だか知ってる?』
尋ねながら、私はあの日二人で座ってた羽咋の千里浜を想ってた。
そして隆一郎に思い出して欲しかった。

『SonyのCMでアレちらっと映るんだよな・・』

・・・・全然駄目・・こいつ覚えてないよ。人の話・・・

『そうじゃなくて、だからぁ・・ここで見ると重なって見える意味を聞いているの!』
私はあきれつつもいかにも興味深げな会話をしてるかのようにもう一度聞いてみた。

『ああぁ・・・風水かな??いい気が流れる方角なんだろうなぁ。』
と、急に思い出したように隆一郎は答えた。

『そうそう、ちょうどイイ気が流れるとーってもいい方角なんだよねー!』

『そう、そうだよな・・』
そう答えて、それ以上特に興味を示さずに隆一郎は歩き出す。

こいつ、完全に覚えてない!この方向音痴っ!

だから、あたしはまるっきり反対に答えてやった。
本当は鬼門の方角で悪い気が抜けていくように考えられているんだ。

昔、羽咋の海岸で教えた話だった。
近所のおばさん宅がなぜ玄関だけリフォームしたかの話。
二人でいつも、なんでも、話していた。
自転車に二人乗りしたり、近所の公園で寝そべったりしながら。

今、もう10年以上たって、ぜーんぜん関係ないこの土地にいて、
きっとそんなちっちゃな、ちっちゃな遠い昔の話なんて覚えてないんだよね。

・・・・ほんと、覚えてないんだなぁって私は悲しみつつ、あたしは一瞬で作戦立てた。

反対言葉ごっこ。

『ねぇ、あたしは岡山から来たんだぁ。最近。あなたは?』
大嘘をつきながら、隆一郎の背中を追いかける。

『へぇ、そっか、俺も1年前に石川県の金沢ってところから出てきたんだよね。知ってる?金沢って』
と振り返る隆一郎。

相変わらず地方ネタにはわりあいまともに答える奴だな。
こういう興味津々の表情はほんと変わらなくて涙が出そうになる。

『あぁー!知ってるよー、言ったことあるもん!・・なんだっけあそこ、ケンロクエン??だっけ?』
地元ネタになると隆一郎はどんどん得意げに話す。ほんと幸せそうに。

だから、知らないふりしてあげる。

あなたが私を知ってるのに知らないように。

私は生まれ育った街を旅行で一度行った街に、
旅行で一度行った街を生まれ育った街に、
まるっきり正反対にして話す。

9月の終わり、私達はこうして”出会った”のだ。
それは”再会”ではなかったから。