私には2022年4月から約2年間交際していた、2つ年上の婚約者がいました。

彼女とは2023年4月から同棲していて、

私にとって大切な家族。

半年後の2024年8月8日には入籍予定でした。

そんな婚約者が2024年2月2日、突然この世を去りました。うっ血性心不全でした。まだ29歳でした。

 

その日は彼女は仕事休みで、私は仕事で出社でした。

朝、寝室のベッドで寝ている彼女のそばに行き、

「行ってくるね」と話しかけて、「行ってらっしゃい。なるべく早く帰ってきてね」と手を振りながら話してくれました。その言葉が彼女と交わした最期の会話になるとは全く思ってもいませんでした。

仕事が終わり、帰りの電車の中で彼女に「今から帰るね」とLINEを送信し、19時過ぎに帰宅しました。

LINEの返信もなく、家の電気も付いてなかったので寝てるのかな?と思い、寝室に向かいました。

彼女はベッドで寝ている状態でしたが、

彼女の名前を呼びかけても返事がなく、様子がおかしいと思い、額や首元を触ってみると既に体が冷たくなっていました。唇も青ざめていて、手を動かそうとしても硬直していてダメでした。

何が起きているのか全く分かりませんでしたが、反射的に119番に連絡し人工呼吸と心臓マッサージを試みました。まだ起きてくれるはず、助かるはずだと自分に言い聞かせながら救急隊員が到着するまで心臓マッサージを続けました。

救急隊員が到着した後、救命対応を引渡しましたが、もう既に死後硬直が起きていて助からないと言われた時、私は放心状態だったと思います。

その後は亡くなった状況から事件性がないかも含めて捜査が必要となり警察からの事情聴取を受けていましたが、その状況を理解しておらず、何が起きているのかも分からず、何を答えたのか記憶は残っていません。事情聴取を受ける中で彼女が亡くなったということを少しずつ理解し始め、そこからは涙が止まりませんでした。

その後彼女のご両親も遺体の確認に来て、

その時はご両親への申し訳ない思いと、

ただただ彼女が亡くなってしまったことへの悲しみとでずっと泣いていました。

その日は私と彼女の共通の友達夫婦の家に泊めさせてもらいました。

 

ここ最近の彼女は確かに体調は優れませんでした。

私が認識する限りでは、昨年12月頃から痰がらみの咳が続いていてなかなか治らないなとは思っていました。1月に入り、夜間でも咳がひどくて私も彼女も寝られない状況になっていて、さすがにここまで咳が続くのはおかしいからと彼女には1月中旬に1度内科の病院に行ってもらいました。

彼女は喘息かな?と思って行ったみたいで、その時病院から受けた診断も喘息になりかけとのことで、気管支を広げるような薬を処方されていました。

そのため私もてっきり喘息なのだと思い込み、薬で良くなることを期待していましたが、あまり効果が感じられませんでした。効果がなかった時点でもう一度病院に今度は一緒に行ってあげれば良かったのですが、私も彼女も仕事が多忙だったこともあり時間的にも精神的にも余裕がなく病院に行けずにいました。

そんな矢先での2月2日でした。

 

亡くなる1週間前には少しキッチンに立ってご飯を作っているだけでもすぐ疲れてしまい横になることがあり、疲れやすさや呼吸困難の症状が出ていたように思います。明らかに体調がおかしいのになぜもっと事態を深刻に捉えずに仕事や家事の忙しさにかまけて先延ばしにしてしまったのか。もっと彼女の体調をよく見てあげるべきだった。その後悔の念にずっと囚われていました。今振り返るとこの時既に心不全の症状が現れていたのだと知りました。

 

亡くなった翌日、遺体の解剖結果を警察の方から聞き困惑しました。私はそれまで喘息など呼吸器系の病気が原因かと思っていたのですが、亡くなった原因がうっ血性心不全だと。なぜ心臓なのかと思いました。

今まで彼女の心臓が悪いとは全く思っていませんでした。うっ血性心不全の原因となったのは大動脈弁狭窄症。解剖して初めて判明したのですが、彼女は先天性の大動脈二尖弁を抱えていました。二尖弁であるが故に元々弁が狭窄しやすく、恐らく狭窄状態から高血圧が慢性的に続き、心臓が肥大し心機能の低下が少しずつ進んでいたのだと後に自分で調べて理解しました。

 

亡くなった理由はともかく、そこから数日は通夜・葬儀の準備に追われました。婚約者だったということもあり、彼女のご両親には私を親族として扱ってもらい彼女と過ごす時間を多く頂きました。本当に感謝しています。

少し微笑むように綺麗に整えられた彼女の眠った姿。

葬儀が始まってしまうと、火葬されてしまうとその姿が見れなくなるとそんな思いで、毎日彼女のもとに行き、傍で話しかけていました。ずっとそばにいるよって約束したから。だから彼女のそばにい続けていました。

彼女の親族の方々ともお話させて頂いたり、彼女の子どもの頃の写真アルバムを拝見したりする中で、たくさんの愛情を受けて大切に育てられたんだなぁと感じました。本来ならば結婚したのち、彼女と2人揃ってご挨拶に行きたかった。初めてお会いする機会がこんな場になってしまうなんて。

時は待ってくれず、葬儀の日は来てしまい、火葬の時が来ます。ずっと泣いている毎日でしたが、火葬の時は本当に辛かったです。大切な彼女の体がこの世からなくなってしまう。その事実を受け入れられませんでした。収骨が本当に辛かったです。

通夜・葬儀には彼女の人柄、仕事柄もあり本当に多くの方々に参列頂き、彼女の人間としての魅力を改めて痛感しました。私は本当に素晴らしい人とお付き合いしていたのだと。そんな人とこれからともに人生を歩もうとしていたのだと実感しました。

 

しかし葬儀が終わると周りはまた普通の日常に戻ってしまいます。私はまだ到底彼女が亡くなったことを受け入れられませんでした。彼女と過ごした同棲先のアパートに戻り一人で過ごしていると彼女との思い出が溢れてきて涙が止まりませんでした。食欲もなく気力もなく、これからどう生きていけばいいのか分かりませんでした。

 

自分で言うのも恐縮ですが、私と彼女は傍から見ても強く愛し合っている、お互いに価値観も性格も合っていて居心地がいい、最高のパートナーでした。時に2人の世界に閉じこもってしまうほどでした。

私は彼女が全て、彼女が私の生きる意味、彼女のためだけに生きていました。彼女がいるから仕事も家事も頑張れた。元々は首都圏で働いていましたが、彼女が一人娘というのもありなるべく地元から離さない方が良いと思い、私の方から彼女のいる宮城県へ引っ越しし仕事も転職しました。彼女のためならなんでも頑張れた。そんなかけがえのない存在が突然なくなってしまい。

生きる意味を失ったようで私はどうしたらいいのか、生きる気力もなくただ1日1日を今は過ごしています。

本当は私も今すぐにでも彼女のもとに行きたい。彼女にむかえにきて欲しい。そう思ってしまうのですが、生前冗談交じりで話したことがありました。仮に死んでも後追いしちゃダメだよと。そう彼女に言われていたので自ら命を絶つことはしないつもりです。

でも、なんで先に逝っちゃうの。

お互いおじいちゃんおばあちゃんになるまで、

死ぬまで一生、いや死んでもずっと一緒だよって。

ずっとそばにいるよ、ずっと愛してるよ。って約束してたのに。まだ結婚もしてないよ?

つい最近だって口癖のように私と結婚したい、結婚したいってずっと言っていたのに。あと半年後には結婚だよ?こんなに早くお別れが来るなんて思わなかった。

彼女の結婚したいっていう夢、叶えてあげたかったし、私は彼女じゃなきゃダメだった。彼女しか私を愛せないし、彼女と結婚したかった。

彼女だってまさか自分がこの世からいなくなるなんて思ってなかっただろうし、本気で結婚したがってたから、きっと夢を叶えられずに不本意に人生を終えてしまったことを悲しんでいるんだろうと思ってしまいます。自分が亡くなったことも気づかずにずっと静かに眠ったまま。なんで私を置いてくの…

そんな思いを毎日反芻しています。

 

今はかろうじて仕事には戻っていますが、途中で辛くなったり無気力になってしまい、日々やりきることでいっぱいいっぱいです。夕方になり、いつも彼女が仕事から帰ってくる時間になるとそろそろ帰ってくるかな、玄関のドアの開く音がしないかなと考えてしまいます。いつも帰るとだるまさんが転んだ、を面白半分でやってたのですが、それがなくなってしまった。

今まで私と彼女の2人分のご飯を作っていましたが、一緒に食べてくれる人がいないとご飯も全く美味しくないですし、食べられる量も減りました。

彼女のために作っていたのに、今はご飯を作ることも辛くてなかなかできていません。

お買い物もいつも彼女の車に乗せてもらって車内でたくさんおしゃべりしたこと、2人で手を繋ぎながらショッピングモールを歩いたこと、2人で食材確認しながら買い物したこと、動物が大好きだったのでいつもペットショップに寄って猫ちゃんやわんちゃんを見ていたこと。日常の些細な彼女との思い出がいつも頭に思い浮かび、懐かしんでは悲しくなります。もう大好きな彼女と何気ない日常生活を送ることができない、くだらないなんでもない会話をもっとたくさんしたかった、彼女の助手席に乗せてもらって彼女とドライブをもっとたくさんしたかった。彼女はお寿司が大好物だったのでよくお寿司屋さんに行っていました。また一緒にお寿司たくさん食べたかったな。甘いものも好きだったので美味しいデザートやお菓子を買って一緒に食べたかった。彼女と色んなお店で外食したことも何一つ忘れられません。彼女と食べるご飯は全てが美味しかった。彼女の作ってくれるご飯がまた食べたかった。お弁当も夕ご飯も本当に美味しかった。彼女の作る玉こんにゃくが特にお気に入りでした。彼女と過ごして食べる量が増えて、私は少食ではなくなりました。彼女の存在が私にとってあまりに大きかった。

朝も雪の日だと、駅まで歩きにくいから早く起きた方がいいよとか、路面の状態を教えてくれてスノーブーツで行った方がいいよとか、いつも私のことを気遣ってくれていました。私は彼女の助けなしではもう1人では生きていけません。

精神的にも経済的にも彼女と共にあること、彼女と共同で助け合って生きていくことで初めて生活が成り立っていました。その彼女がいなくなってしまった今、私は路頭に迷っていてこれからどう生きていけばいいのか本当に分かりません。

仕事だって嫌なことばかりでしたが、辛いことがあっても彼女と話していれば気が楽になったし、よく彼女は私のことをぎゅーって抱きしめて頭を撫でてくれました。「辛かったね、よく頑張ったね」って。いつもお互いに辛いことがあるとそうやってぎゅーしてよしよしするのが私たちの心のケアの方法でした。その瞬間がどれだけ私の心の救いだったか。それがあったから仕事も何とか頑張れたし忙しくても家事も頑張れました。彼女のために頑張っていたのに、それがなくなってしまった今、仕事も頑張ろうとは思えません。

彼女に依存しすぎだと思われるでしょうか。

そうかもしれません。きっと私も彼女もお互いに依存しあっていたとは思います。でもそれが私たちの在り方でしたし、私たちは2人で1つ、どちらかが欠けてしまっては生きてはいけない。それくらい深い絆で結ばれていました。私は彼女なしには生きていけない。

そう思いつつも命を絶つ勇気は無いので、自分の心を誤魔化しながら何とか一日一日を無機質に生きています。

彼女といつもニュース番組やバラエティー番組、野球中継を見たりしながら楽しく会話していました。今も寂しさを紛らわせるためにテレビを見たりしますが、隣で一緒に見てお話していたはずなのに彼女がいないことが寂しいです。たまにご飯を作る時は2人分作るのに、食べてくれる人がいない。いつも一緒にお風呂にも入っていて、お風呂場でお話することも毎日の楽しみでしたが、今はお風呂に入ってもお話する相手がいません。どこへ出かけても私たちは常に手を繋いでいました。今は買い物に出ても手を繋いでくれる人がいません。いつも彼女が隣にいたはずなのに。

ふと1人になると寂しさや悲しみに心が締め付けられて息苦しくなります。

周りは日常に戻っていくけど、私の心はまだまだ追いつきません。なぜ私たちはこんな悲しいお別れをしないといけないのか。生前、いつもずーっと一緒だよ!ずーっとそばにいるよ!結婚しようね!って毎日のように言っていたのに。

結婚指輪だって買ったよ?初デートが桜のお花見だったから桜をモチーフにした指輪、すごく気に入ってたよね。たまに付けたくなって指にはめたりしたこともあったけど、本当に嬉しそうな表情してた。あの表情がまた見たいよ。

お家もこれから買う予定だったよ?私たち2人の持ち家。結婚したら2人で一緒に住む予定だったはずのお家。もう少しで引渡しだったけど、さすがに1人では背負えないから諦めたよ。昨年の秋頃から何度も2人で足を運んで見たり、それぞれの物件のいい所や悪い所を2人で探し出してまとめたり、たくさん話し合ってようやく納得できるお家を見つけて2人で買おうとしてたのに。結婚したら新しいお家で2人で新しい生活を始めたかった。彼女はすごく猫を飼いたがってたから、新しいお家で猫ちゃん飼ってみたかったな。凄くいいお家で2人で住むのが楽しみだねって話してたのに。

彼女と叶えたい夢がもうこれ以上叶えられないのが本当に辛いです。

 

現実問題として、今住んでいるアパートは彼女と私2人で共同で支払わないと家計的に厳しい家賃でもあり、同棲していたたくさんの思い出があるアパートですがいずれは立ち退かねばいけないかもしれません。

でも離れなくない…

彼女を思いながら一人で悲しみに耐えながら生きていくか。彼女との共通の友達夫婦は近くに住んでいるので支え合いながら生きていけるか。

ただその友達夫婦も家庭の事情もあるし、頼りきることは出来ないから。

やっぱりひとりでどうにか耐えるしかない。

ここから離れて彼女との思い出を薄れさせたくない、彼女との暮らしで使っていた物や思い出を手離したくない、なかなか気持ちの整理がつかないです。

引っ越すのもお金も気力も体力も使うし、少々家計が厳しくてもしばらくは今の、彼女と過ごしたアパートに住むことになるのではとも思っています。

 

彼女に会いたい、彼女とこんな形で別れたくなかった。お互いに愛し合っていて、永遠を誓い合っていて、これからたくさんの幸せを共に築いていくはずだったのに。彼女を蝕んだ病気が憎いです。

私はただ、大好きな彼女と静かに穏やかに仲良く楽しく幸せに過ごしていたかった。裕福でなくていいから、小さな何気ない幸せを2人で感じていたかった。

ただそれだけでよかったのに。

私には彼女しかいないのに。

彼女しか私を受け止められないし、世界でたった1人彼女だけが私のことを見つけてくれて、好きになってくれて、心の底から愛して大事にしてくれたのに。

出逢ったのも、お互い好きになれたのも、一緒に暮らして将来を誓い合えたことも全てが奇跡だった。

奇跡は二度も三度も起きない。

彼女と一緒になれなければ、私はこれからこのまま一人です。私の中で彼女がずっと一番のまま。

ずっとこの悲しみを、絶望を一人で抱えたまま、消えないまま、これからも生きていくのだと思うと本当に生きる希望もないです。

これからどうしたらいいのか。

分かりません。

 

時が戻ればいいのに。

彼女と過ごした2年間は本当に本当に

何物にも変えがたく幸せな時間でした。

そんな時間がもっと続けばよかったのに。

これから先もずっと彼女と幸せになりたかった。

なんで?なんで彼女と何気ない幸せさえも

続けさせてくれないの?

まだまだ現実を受け止められません。

27歳で最愛の人と死別することになるなんて…

 

そして今はこれからどうすればいいのか、

本当に分からなくて不安の毎日です。

彼女のそばにいたい。

これから一人で悲しみに打ちひしがれながら生きていけるのか。

誰にも理解されない自分の感情と迷い。

一人、悲しさ寂しさ、不安と迷いで心が押し潰されそうです。