みぃ猫のブログ -3ページ目

学校へいくようになって

私は、祖母にジャージも靴もうわばきもすべて買ってくれなかった

2年の時に母親が買ったもの

学校のセーラー服も3年ものあいだ成長していても

同じジャージをきていた、洗濯もいない間にするしかなく

お風呂も叔父がいない間にはいるしかなく、水風呂がおおかった

妹の先生が良くきをつかってくれて、学校であまったジャージをもってきてくれたり

給食の残りなど、もってきてくれた

貧乏でもない祖母たちの自宅なのに


中学校生活もなんとなく終わり卒業

仕事をし始めた私は、祖母にいわれる

「働いてるんだから家賃代として2万いれなさい」と

「妹の学費はおまえがだせ」とまだ15になったばかりの

私にいう、おばあちゃん・・・・・涙がでた

そう、いうまでもなく食費も別になった

食べる場所も自分の部屋で

冷蔵庫やかままで用意してきたおばあちゃん

顔すらあわせることもなくなった。

私はまだ15歳、手取りだってすくなく11万そこそこ

そこから、家賃、学費、食費。衣服費とだしていたのです

妹の前では弱音をはくこともできない

ご飯だけかっておかずはたくわんだけとか

昔は100円ショップなどなく、物もたかくてたいしていいものがたべれなかった

そのころも、妹はまだ小学生だったので

先生が給食の残りをもってきてくれたりと毎日をすごしていた



あるひ、めんどうみきれないといい(めんどうみてもらった覚えがない)

私だけを千葉にある寮付きの会社へといれられることに

私は、妹と離れてくらす事になった・・・



続く

おばあちゃん宅についてから

1週間はどことなく気を使い、おばあちゃんたちもやさしくせっしてくれた

私は、そのころ親戚のおじさんが好きで、そのおじさんに何でも相談とかしていて

どこにいくにもくっついてまわっていた。

そんなある日、親戚のおじさんとおばあちゃんの息子とおばあちゃんたちとで

いろん中華ものが食べれるお店へ行くことに、

その車中の中で私は、おじの腕にしがみついていたときのことだった

おばあちゃんの息子は異様なめで私をみていた。

そして、食事をし普通に楽しんで帰ってきた


ある日私は、親戚のおじさんの八百屋の仕事の手伝い+気分転換

という事になり、そのおじさんと二人で市場へいく、

その帰りの出来事だった、私はそのおじさんにせまられキスをされた。

私も嫌いじゃなかったので、12歳ながらも受け入れてしまったのだった

通常、犯罪になることです。

その後も、手伝いがあるたびおじとラブラブするという行為でした。

それを、知ったのか

おばあちゃんの息子がお酒を飲んだ夜のことだった

夜中の3時に私たちの部屋に入り、私の上にのっかっていて

犯そうとしている・・・・私は怖さのあまり飛び起き。おばあちゃんを

おこし、つれていってもらうが、それからというもの、毎晩のように

私たちの部屋にこようとする、あるときは窓をこじ開けたんすの間から

はいってこようとする。怖くて怖くて毎晩3時ごろまで眠れなくて

窓やドアノブを必死でおさえる・・・

私はここから男性恐怖症になり、親戚のおじともあわなくなった。

あるひ、私は喘息になると最初のうちは車でおくってくれたり、タクシーで

病院までいってたんだけど、だんだん態度がいっぺん

「自分で歩いて病院にいけ!」「朝になったら病院いけ!」などいうようになった

苦しくて我慢ができない私は、1時間半かけて病院まで歩き

吸入器と点滴、夜中のうちに治療はすんでしまうが、帰りも歩いて1時間半で

朝方あるいて帰ろうと病院のいすで夜をすごす。

だんだんおばあちゃんたちの私たちへの行動がおかしくなっていった。

おばあちゃんの息子がさしみをたべていると私たちが手をだしてたべようものなら

「お前たちの食べるものじゃない!大人の食べ物だ」という

いつも食べるものは、ありきたりのおかずとごはんのみ

食べれるうちはまだよかった。

なにかちょっとでもきにいらないと、私たちの部屋にきて

私を殴り、髪の毛をひっぱり、私は死のうかとも考えていた

学校も不登校になり、先生がよくきてくれた

送り迎えで学校へかよっていた


続く

母親が病院で

亡くなった日。。。私たちは母親の言葉を思い出した

「ままが死んだらだれも面倒みてくれないからな」

という言葉を・・・・すでにその時頭をよぎっていた。

祖母と母親の姉妹兄弟達が集まり。母親を見送りにきた

そうして、終わったと祖母の家に行くことに、

母親は脳死の状態で心臓は動いている状態・・・・

まだ生きているとばかり思い、私は母親に声をかけたり

そばにいたり・・・・

疲れて寝てしまうと、私は夢をみた

二本の分かれ道、片方が青い扉、片方が赤い扉

真ん中には戦争時代にいるかのような男性がたっていて

「どちらにお前はいくんだ」と聞かれ私は最初青い扉を開けた

そうすると、青い扉の中からたくさんの霊がでてこようとする。

慌てて閉め、赤い扉を開けると、そこには母親が裸の状態で

板にしばりつけられて、観音様にムチでたたかれている

血がにじみでている、見かねた私は、赤い扉も閉めてしまい

もと来た道を戻る。。。。

もう、ひとつは私がねているところに母親が横に座っていて

私の髪の毛をひっぱるという。。。夢

どちらもあまりいい夢ではなかった

私は夢でうなされることが多いかった。


そして、葬式が始まった

しらない親戚達がゾロゾロ集まってくる

そう、もう何年もあってなかった父親違いの妹が

葬式へきたのだ、自分の母親が亡くなったことも知らず

親戚として・・・・

もうだいぶあってないしほかの家庭に育てられた妹は

父親ににたのか、顔も性格もちがう妹でした。

親戚たちは、私たちをどうするか相談を始める

その内容は

「どうしようかね。うちはもう子供いるし旦那のおばあちゃんと住んでるからだめだよ。

うちは、預かるほど余裕ないよ。でも、世間体あるし」

という話、誰もが預かる事にこばんだ、誰一人として・・・・・・

仕方がないということで、母親のお母さんであるおばあちゃんに

最終的にいくことになった。

そこから、地獄の生活が始まる



続く