小森江西歴史クラブは、小倉北区到津界隈の史跡巡りをしました。
到津八幡神社
神功皇后が新羅からの帰還時に、この地に寄りましたが、後に祠を建てて皇后の和魂を祀ったのが、この社の起源といわれています。
1188年に宇佐八幡大神を合祀。
1561年に大友宗麟が宇佐八幡宮を攻めて焼き払った際には、宇佐八幡宮の神官らは神輿を守護して、この到津八幡宮に遷座しました。
その後、戦乱により社は荒廃しましたが、細川忠興が本殿などを再建、小倉城の産土神としました。
境内には、稲荷神社、反橋、かっぱ明神があります。
稲荷神社には、一つの社殿に勘定稲荷神社と錦春稲荷神社の二つの神社を祀っています。
反橋は水戸家江戸屋敷内の後楽園の池にかかっていたものをここに移された石橋です。
板櫃川
皿倉山を源とし、槻田川などの水が合流して関門海峡に注いでいる川です。
この板櫃川では、今から1200年前に大きな戦いがありました。
奈良の都に、天皇に仕える高官がいましたが、その頃流行った天然痘によって亡くなってしまったことから、反対派に権力を奪われ、息子の藤原広嗣らは遠い太宰府に追いやられました。
不満がつのった広嗣は1万人の兵士を集めて都を目指しましたが、これに驚いた天皇は1万7千人の軍隊を九州に派遣し、両軍が板櫃川で衝突しました。
これが板櫃川の戦いです。
広嗣軍は敗れ、広嗣は首をはねられました。
到津にはほかに、あのベーブルースがホームランを打った小倉到津球場跡、庚申供養塔、到津地蔵堂、孝子碑などの史跡があります。












