ベストを尽くしてきたと思ってたのに。
ご訪問ありがとうございます気分が落ちていたのでコインランドリーにて羽毛布団を洗いに行きました数年前から羽毛布団はコインランドリーに行けば洗えるのだということを知って以来必ず洗うようになりました。昔は天日干しだけで仕舞っていたのですが洗うようになるととても気持ち良いです。行ったコインランドリーはカフェみたいにいくつか待合室にテーブルやソファが配置されていて静かなうえに客は多くて2,3組。ボーッと静かにしていられて穴場です。娘に昨日言われたことが結構、ダメージでした。何を言われたのかというと自己肯定感が低い理由は愛情不足だと言われました。でもそんなはずはない。って思うんです。私自身が愛情不足を感じて生きてきたからそうならないよに接してきたし現にうちら仲良いし。なんでそんなこと言うのと食い下がったら愛情はあったと思うけど保育園から小学校まで働いていて一緒にいる時間が少なかったと。朝ごはんも酷かったし、と。なんだかその言葉が頭の中で反芻されて車運転しながらも涙が止まりませんでした。娘は、そんな風に自己分析してたんだ…娘は今、生きづらさを抱えています。でも、話していると私からすれば羨ましい事ばかりです。私が苦手とする事に困らないように育てたつもりでだからいずれも困っていないからじゃあなんでそんなに絶望するの??と私には贅沢な悩みにすら思ってしまう。そしたら、さっきの内容。自己肯定感が低いのはたぶん愛情不足。今こんなに上手くいかないのは小さい頃に寂しい想いをさせたから…?空気を読むのが上手くていつも周りを気にかけて陽気で明るいけどいつまでこんなに気を遣って生きていかなきゃいけないんだろう。と絶望するらしい。自由に好きなことしながら小さい頃も過ごせていたはず。私もひとりっ子相手だしとても近い距離で子育てしてたはず。でも実はわがままを言わないように我慢しつづけていたのかな。鉛筆を背の順に並べ入れ教科書を時間割順に仕舞い親が先に家を出るから朝の戸締りをきちんとして安心していました。でも間違ってたか。コロナで私が在宅してられるようになって私もすごく嬉しかったんです。でもそのあたりから娘は思春期まっさかりで今まで頑張りすぎて限界だったんだね。部屋は荒れて学校の引き出しも荒れて玄関は開けっぱなしになりました。本当はズボラなのにそれを隠していた中2まで。当時、モテたらしいです。だけど限界がきて本当の自分で生きるようになってモテなくなったって(笑)それはいいとして、でもそれって相当自分を偽って演じて生きてきたって証でもあります。好きで身につけたわけじゃない長所。コミュ力高くて気遣いできて空気読めて人の為に自分が嫌な役回りを引き受ける。長所なのに娘を苦しめてる。いい人ぶってしまうと自分を嫌悪してしまう。私はコミュ力低くて相手が何を言ってるかわからなくなるときがあるよ。すごく羨ましい一生身につけられない能力。でも、絶望しちゃうほど疲れちゃうみたい。娘の保育園から小学校時代。私も限界でした。毎日親にお迎えを頼み毎晩両親宅に通い帰宅しての日々。ワンオペより楽に見えるけど毎日自宅に直帰できない日々はしんどかったです。今頃、あれが娘にとってもダメだったなんてことならワンオペの方がよかったのか。でも学童の時間を考えたらワンオペは物理的に選べない道でした。少ない選択肢を掻い潜って子育てなんとか頑張ってきたのにそれが娘の性格を形成してしまってあの苦しい期間は何だったんだろう。最後まで読んでいただきありがとうございました