以前とあるご意見をネットで見かけました。
「延命治療」をかなり批判されているご意見。
確かに 日本の高齢者医療においては
胃ろうや
人工呼吸器といった処置を選ぶことは
それが本人の意思というよりは家族の思いからである場合
残酷であり虐待だというご意見は
ある意味もっともだと思います。
けれど・・・
それを現在選んでしまっている人に向けて
「人工呼吸器を外すことは
可能だから今すぐそうすべき」
とまで
促すことはいかがなものか・・・・
そして
「延命治療は
明らかに 患者本人のお金目当てなだけだ
国の医療費の無駄使いだ」
・・・というような
過激な見かたもされているようだけれど
なぜそう言い切れるのでしょうか
(どこかにそんな思惑の家族もいるのかもしれないけれど)
「どうしても 今 命を終えないでほしい」・・・と
身内のエゴかもしれないけれど
何かよほどの家族の事情で
精神的にその命にしがみついてしまっている状態がほとんどではないだろうか。
もちろん本人の意思が聞き取れるならできる限り
それに従うべきだし
その病状の苦痛がとてつもなくあるのなら選ぶべきでない
それを最小限にできる形でなければ・・とも思いますが。
延命治療の選択を迫られるシーンは
多種多様だということは言いたい。
私の母は10数年前脳の難病で
延命治療の末70代で亡くなりました。
今、全く後悔や申し訳ない気持ちがないとは
言いませんが
今はああするしかなかったという思いです。
詳しくは書けませんが 当時家族の間で様々なことが重なり
本人の病状とも相まって 延命を選びました。
それはどのご家族でもケースバイケースで様々な事情があり
他人がとやかく言うことではないと思います。
現場の医療関係者にも
賛成派と反対派の方がいてどちらの主張も
もっともだとは思いますが・・・
ただ・・反対派の人に言いたいことは
主張に熱心なあまり
驚くほどの過激で![]()
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攻撃的な言葉を投げないでほしいということです。
私の友人のご主人が 現在難病ALS治療で胃ろうと人工呼吸器を使用されています。
現在その方は60代です。
その方の妻(私の友人)は数年前50代半ばに事故で急死しました。
残された子供たちは成人してはいるものの
できるだけ 父親を延命したいと ご本人ともども頑張っておられます。
さてそこで考えたい。
先の延命反対派の方の
胃ろう人工呼吸器を外すことの主張は
どういう患者さん・ご家族に向けての主張だろうか・・・
年金目当てに家族が無理やり長らえさせている高齢者に
向けていってるんだ!
と言われるかもしれないが
ならばその高齢者とは何歳から???
(難病の発症時期や進行によっては様々なケースがある。)
少しでも長く生きたいと思っている難病患者やその家族には対象外だと
いうなら・・・
「治る見込みもないのに
胃ろうや人工呼吸器の使用やそのケアが どれほど辛いか!」![]()
というような趣旨のことをあまりにも過激な言葉で表現されるのは
どうかひかえていただけないだろうか・・・・![]()
