まだ休みです〜〜〜爆  笑爆  笑爆  笑

 

休みでダラダラしていたら、脳みそが溶けそうになってきた。

転びやすいポンコツの体だけでなく、

頭まで認知症一歩手前か!???

 

昔は休日を満喫できたけど、

歳取ってから休むとやばいね。。。

ボケ老人が出来上がってしまうガーンガーンガーン

 

宇宙人宇宙人宇宙人宇宙人宇宙人

 

そんな私を友人が誘ってくれて、

松岡美術館へ行ってきました。

 

場所は白金台。

初めて行く美術館です。

 

 

白金台の駅から歩いて7分。

見つけました!!!

静かな佇まい。

 

 

今回の目的はこれ。

 

『レガシー〜美を受け継ぐ』

「パリに集った多くの異邦人からなるエコール・ド・パリ、

前衛的な表現を探求したフォーヴィスムや

キュビスム、シュルレアリスム、

そして日本からパリに渡った作家たちの表現をご覧ください。

シュルレアリスムに関わったジョルジョ・デ・キリコと

ポール・デルヴォーの作品は、約10年ぶりの展示となります」

 

とのことです。

 

まずは目的の2階の展示室へ!!

写真撮影はオッケーのものだけ撮りました。

 

 

『オレンジを積んだ船、マルセイユ』

ポール・シニャック

 

新印象派を理論的に主導したシニャック晩年の作品。

色がとても鮮やかで素敵!!

 

 

 

『若い女の胸像(マーサ嬢)』

アメデオ・モディリアーニ

 

モディリアーニは一目でわかる!!!

モディリアーニの描く女性になぜ惹かれるのだろ??

目が書き込まれてないのに、

意志が強そうだって感じるよね。

 

「モディリアーニは

1898年14歳の時にデッサンの指導を受けるようになる。

ただその2年後の1900年、結核に冒される。

1906年1月、パリへ移住。22歳。

モンマルトルのコランクール街にアトリエを借り活動を始める。

1917年3月、アカデミー・コラロッシで

ジャンヌ・エビュテルヌと知り合い、同棲を始める。 

12月、生前唯一となる個展を開催したが、警察を巻き込む騒動となる。

1919年7月にはジャンヌ・エビュテルヌに結婚を誓約。

しかし、貧困と生来患っていた肺結核に苦しみ、

大量の飲酒、薬物依存などの不摂生で荒廃した生活の末、

1920年1月24日、結核性髄膜炎により死亡した。35歳没」

(wikipediaより)

 

35没は若い!!!

今だったら絵を1枚売れば、

不自由なく暮らせるだろうに。。。

 

ジャンヌさん、モディリアーニが死んだ翌日に飛び降り自殺。

は、激しい〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

『モンマルトルのジュノ通り』

モーリス・ユトリロ

 

ユトリロといえば、やっぱり白!!!

この作品も「『白の時代』(1910〜14年頃)名残を感じさせつつ、

より明るい色彩の登場を予感させる作品」とのこと。

 

 

『モンマルトルのキュスティーヌ通り』

モーリス・ユトリロ

 

ユトリロは、

「当時、画家として活躍していたシュザンヌ・ヴァラドンの

私生児として生まれる。

不安定な生活状況のため、幼い頃からアルコール依存症となり、

治療のために絵を描き始める。

天性の才能と、心の闇を写す作品は多くの人の心をとらえ、

1920年代中頃にはパリで最も注目される画家の一人となる」

 

気性は激しく、アルコール依存症で精神的にも問題があったけれど、

71歳で長寿を全うしたそうです。

 

画家って精神状態がよろしくない人が多いような。。。

 

 

『モンマルトルの迷路』

モーリス・ユトリロ

 

ユトリロは風景画をたくさん描いてます。

やっぱりいいよね!!!

ユトリロ好きです!!!

 

 

『コンピェーニュ近くの古びた製粉所(オワーズ県)』

シュザンヌ・ヴァラドン

 

ユトリロの母。

ルノアールやロートレックらのモデルを務めながら、

本格的に絵画に取り組みます。

 

シュザンヌがモデルを務めた絵画のうちでも

最も有名な1枚が、ルノワール《ブージヴァルのダンス》とのこと。

かなりの美人だ!!!

 

ユトリロがアル中になったのは、

このお母さんの影響が大きかったようです。。。

親子で大変プンプンプンプンプンプン

 

 

『帽子をかぶった少女』

マリー・ローランサン

 

マリー・ローランサンの絵もすぐわかる!!

 

「第1次大戦中、当時の夫がドイツ人であったことから、

スペインへ亡命しますが、

私生活での困難も重なったくらい時代を経て、

パリに戻ったマリー・ローランサンは

画家として成功を収めました」

 

マリー・ローランサンも波乱万丈の人生ですね。

 

 

『若い女』

マリー・ローランサン

 

恐慌やら戦争で大変な時代だったけれど、

対照的にマリー・ローランサンの絵画はより一層明るく

彩られていったそうです。

 

華やかな色使いがいいよね!!!

 

残念ながら、私の大好きなシャガールは

撮影禁止でした〜〜〜〜〜

 

絵からのパワーをすごく感じました。

その筆つかい、その色彩!!!

本物に触れる喜びを感じました!!!!

 

太陽太陽太陽太陽太陽

 

さて、ここからは同時開催の『唐三彩』です!!!

 

 

『唐三彩』っていうのは、

「唐時代、唐三彩俑や加彩俑といった、

カラフルで生命力に溢れる造形のフィギュアを

お墓に入れる風習がありました。

これは、古代中国で、死後に新たな暮らしが始まると

考えられていたためで、

セカンドライフのお供として

従者や馬、ラクダ、牛などのフィギュアをお墓に入れたのでした」

 

ということです。

 

「唐代の陶器の釉薬の色は非常に多く、

クリーム色・緑・白の三色の組み合わせ、

或いは緑・赤褐色・藍の三色の組み合わせを

主としていることから三彩と称されている」んだって。

 

 

この牛!!

色は剥げっちゃってるけど、イキイキしてる!!!

お肉は美味しくなさそうだけど〜〜〜

 

 

綺麗な馬だと思ったら、

「松岡ダービー」に出馬している馬でした!!!

 

好きな馬の人気投票です!!!!

 

 

この馬もタテガミが素敵!!!

 

 

私の一押しはこれだ!!!!

色も綺麗だし、バランスよく、イケメン!!!

この子に一票!!!!!

 

 

この企画、面白いね!!!

ぜひみんな投票してください!!!

結果も知りたいな〜〜〜〜〜

 

 

次は、「古代エジプトの美術」

 

 

『供物を運ぶ人々の浮彫』

古王国時代 紀元前25〜22世紀頃

 

紀元前の作品がこんなに綺麗に残っているとは!!!

 

 

『バステト女神』

紀元前664〜332年頃

 

愛や多産の神として人気だったそうです。

 

 

『エヘネイ像』

紀元前1279〜1213年頃)

 

足ながっっ!!!!!

私の3倍はあるね。

神官ブタハ・メイと妻ハトシェプストの娘「エネヘイ」と

判明しているそうです。

 

紀元前のことが名前までわかるなんて!!!

他界したエネヘイの生命力の再生・維持するために

作られたものと考えられているとのこと。

 

このほかも展示作品があったけど、

疲れたので、この辺でランチを食べに行くことに。。。

 

松岡美術館、静かでゆったりとした空間を

のんびり楽しめて、すごく良かった!!!

また来たいです!!!

 

 

 

 

 

 

お昼は松岡美術館の近くでどこかないかと探して〜〜〜

『Cafe La Bohème Shirogane』というところに

入りました。

 

入ってびっくり!!!

中はかなり広くてゴージャス!!!

 

 

ジャンデリアがすごい!!!

 

 

さすが、白金台!!!!

田無じゃありえないよ〜〜〜〜〜〜

 

ランチはスパゲティとピザを頼んで、

友達と半分こしました。

 

 

ランチについているサラダ。

おしゃれで美味しいけど食べにくい〜〜〜チューチュー

 

 

スパゲティは分けてから写真を撮ったので、

こんな感じになっちゃったけど、

綺麗な盛り付けで、美味しかった!!!

 

 

ピザも美味しい!!!

ちゃんとしたピザはやっぱりいいよね!!!

安モンばかり食べてると、しみじみそう思います〜〜〜

 

とにかくしゃべくり倒して、

あっという間に時間が〜〜〜〜

 

 

 

とりあえず、場所変えました。

 

 

『STARBRIDGE TEA 茗星橋』

アッサムティーラテ飲みました。

 

 

ここはペット可のお店で、

チワワとダックスフンドのミックス犬と

お友達になりましたよ〜〜〜

 

 

 

 

 

そうこうしてる間に、

休みも残すところあと1日。。。

働くのヤダ〜〜〜〜〜〜〜

引退したい〜〜〜〜〜〜〜

お金の心配さえなきゃね〜〜〜〜〜〜