カタチが無いから不安になる。
カタチがあるものだと安心する。

誰しも、そうかもしれない。

考えがまとまらなくて、どうしたらいいか分からなくなってしまった時に、思考を文字で書き記すと、頭のなかがスッキリしたり、改めて整理できるというのは、そういうことだろう。

だが、それは、その対象を見ている自分だけのことにすぎない。

納得して、安心して、ほら、大丈夫でしょう?と言ったところで、皆が皆、同調するかと言えばそうでもないであろう。


先日、お手紙を頂戴した。
私が諸事情により、仕事を退職した際にいただいたものだ。


○さんへ
○○でのお勤め、お疲れさまでした。
思い返してみると、私は、○○に来てからの半年を、自分の業務に追われて過ごし、初めて会話をしたのは、10月のセミナーだったような気がします。
それ以来、美しい外見だけでなく、感受性が豊かなところも含めて、○○さんの隠れファンでした。
なので、先日、廊下で声をおかけいただいて、とっても感激でした。
○○さんにとっては、○○でのご勤務では、感受性の豊かさゆえのご苦労も、きっと多かったと思います。
せっかくお近づきになれたのに、離ればなれになるのは淋しいですが、同じ○市に住む身、重圧から逃れられて、ますます明るく、美しくなられた○○さんに、また、いつか、どこかでお目にかかれるのを、楽しみにしています。
お世話になりました。
新しいお仕事も、どうか、お身体に気をつけて頑張って下さいね。
あと数日で、新しい年。
○○さんのこれからの毎日が、明るい光に包まれていますように。
清らかで平和で、健康でありますように。
笑顔がたくさんありますように。


私はこの手紙を、共に働いていた同僚に拝読してもらった。

彼女は、こんなの他の人に読ませたことを知られたら、恥ずかしいと思ってと思うよ。○○さんは本当に、誰からも愛されてるよね。素敵なお手紙だね。読ませてくれてありがとう。そう言った。

皆さんは、どう思われただろうか。

だから、どうなんだ?
褒められたことを自慢したいのだろう。
ラブレターのような内容だったから、見せびらかしたいのではないか。
気持ちの込められた素敵な手紙だね。


私は、素直に嬉しかった。
ちょっと席を不在にしている隙に、プレゼントとこの手紙がちょこんと座席に置かれていた。
名前のない、誰からかもわからない手紙に困惑しつつも、このようなことをされる方はどなただろう、、と頭のなかで推理を始めた。

送り主は、副課長だった。
普段、雑談ひとつせず、黙々と業務に明け暮れている、優しい趣ではあるが、仕事の鬼のような方。
課内の業務としては繋がりは無くもないが、殆ど関わりはなかった。
手紙の内容にもあるように、接点は年にたった一度のとあるセミナー。その際に私は副課長に記録係りをお願いした。それだけだった。
デスクも、私は背を向けた状態の配置で、決して近くはなかった。

私が嬉しかったのは、お忙しい最中にもかかわらず、手紙にしたためていただいたこと。それももちろんだが、

『ちゃんと、見ていて下さった』

このことが伝わってきたからだ。
表面上で、仕事に対する姿勢は見えただろう。
それだけだとしたら、メッセージはこんなに浮かばない。
心の眼で視ておられる、そう感じた。

実際、私は自分が何か努力をしたり、頑張っていることろなんて、絶対に他人に見せない。見せたくもない。心のなかでは飛び上がるほど嬉しいことが起こった時も、辛くて泣きそうになっている時だって、どんなに大変な状況に置かれたとしても、人前では一切出さない。業務上ではそうしたところで双方にメリットなどほぼ無いと思っている。ことにマイナスの要素が強い際には特にそう思う。


副課長は、見えてなどいないはずなのに、お分かりだった。
私が置かれている状況も、感じていたことも、私の人間性までも。
何がどうあっても、常に前向きな私ではあるが、色々な人の集団の中、色々な事がある。普通のことだ。業務を円滑に円満に随行することだって必須の上で、全てにおいて蓋をせず、向き合ってきたつもりだ。

(  当たり前だが、至って円満退職である。)

手紙という、カタチにして下さったことで、私の手元に残すことが出来る。
昭和生まれ、やはり、アナログはどこかほっこりとする。



この手紙の内容の裏に隠れているものがある。

それは、カタチこそないが、私にとっては大切なものとなった。



カタチがあったとしても、受け止め方は人それぞれで、この手紙に対しても、先に書いたように、よく思われない方もおられるだろう。

見えない部分での交わりを、実感してこそ生まれるものを、つくっていくこと。

それは、一見、見えているようだけれど、カタチには表すことは難しいのだ。

だが、それはカタチ以上に心に残り、力となるのである。



出逢いの度に、"  大切なもの  "  を
いただいている。