先日
京都ビートレに向かう前に
マスターコースの同期まきと
お昼を食べながら話した。
ジェニマス83期
心屋認定カウンセラー mikiです
その際に
まきの口から出てきた言葉
「こんな私でごめんなさい」
「がっかりさせてごめんなさい」
うんうん
持ってるよね、と共感する。
私の中にも
確かに、あるはある。
そこから
ずるり、と今更出てきた。
私の中の、もう少し奥の方には
未だ目を逸らしたくなるような
感情が残っていたからだ。
私は、
こんなにも人を恨んでいました。
こんなにも最低な人間です、と
やはり心底認め切れてはいないから、
だと思った。
待って待って、
まだ怒ってる!とも
ちゃんと言わずに
やり過ごしたからだ。
* * *
生後すぐに実母を亡くして
実父と生き別れた私。
私を育ててくれた母方の祖父母
その後、
私が小学6年生の時に
その祖父も他界し
私の家は
母親代わりの祖母と私の
母子家庭となった。
※ここまでの私のことは
過去記事にも何度も何度も、
しつこく書いてしまっています
➡︎これとか
➡︎これとか
ただ、これまで
下に書く叔父の存在についてを避けていた。
未だに恐れ、は大きいと思う。
そしてそこに
仕事で家を出ていた
亡くなった実母の弟、
私の叔父が
実家に戻る形で加わり
3人での生活となった。
戸籍の上では、
祖母と叔父が
私の母と兄、だった。
私は、それについて
きちんと家族と話をしたことが
なかった。
ねぇ、
本当はさ…と
言い出せない私自身も
意気地なしで
上っ面人間だったが、
この人たちが馬鹿で冷酷だから、と
密かに思っていた。
私との年齢差も
辻褄の合わなくなる会話も
住み続けた古い町での噂話も
いつまでも私の生い立ちに
触れないように、などと
偽物の繋がりを
真実だと押し付けられているように
感じていた。
ずっとずっと、うっすらとした
隔たり越しのくせに、
躾といってしまえば
手を挙げても暴言も正しい、と
いう価値観も
大人が正しい、とばかりに
厚顔で持論を押し付ける二人も、
お前は
育ててもらっている立場だ、と
抑圧されているようで
そして
そんな二人は親子であり
ちゃんと繋がっているよね、と
私には見えていた。
私だけ
除け者、邪魔者、よそ者
迷惑な奴だ、と言われているように
感じ、
私の尊厳
書いてみて
あまりピンとは来ないけれど、
そんなものを
無きものとされているようだったのか
一緒に暮らす人たちが
本当に大嫌いで
人に知られたくない存在だった。
だから私は
穏やかな顔をしているようで、
記憶は700パーセント嘘なのだ、と
理屈を受け入れたかのように
随分と前に進んだかのように
自分を思い込ませていても、
こんな私でごめんなさい
よりも
そんな罪悪感を抱くような
優しい心の持ち主ではなく、
偽物の感謝をしながら
被害者側から
正しく他人を責め、
あたかも
もう物分かりの良い
大人になったかのように
未だに
上っ面人間をやっているだけの
醜いこころの
真っ黒い怨念を腹に隠した
いつまでも執着にまみれた
人間なのだという事実。
しかし結局
でも、
私は悪くないもん‼︎と
思い出す度、叫んでいるのだなぁ。
これだよねぇーーー
温かい素敵な記事が書きたいよ
と思いつつ、
ドロドロした重たいものを
見つけては書き殴る私。
でも
それも私だなぁーーー
叫んで手放して
軽やかに高く舞い上がりたい、と
思う。
熱気球の歌詞を
頭の中に散りばめてみたりもする。
愛されたい、
もっと愛されたかった。
私も欲しい。
渇望したそれらは、
今
私を包み込んでいるものであり、
ずっと昔からあったのだよ、を
知ってはいる。
まだ怒ってる、シリーズ
おぉ…シリーズ化出来てしまう、嫌悪。笑
また書きます。
あっ、
書いてしまいます、が正しいわ。
miki(みき)
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