2026年5月6日
ゴールデンウィーク。
この間、私と主人は、お遍路の第一歩を踏み出した。
以前から、
「いつか、お遍路をやろうよ
。」
「いいね、行こう
。」
と二人で話していた。
両方とも、子供時代に一度、八十八か所を巡っている。
狭い、うねうね曲がった道を車に乗って行き、到着しても寺と神社の違いも分からず、ぼーっと親に付いて行っただけの行程だった。
でも、悪いイメージは無かったので、ちゃんと自分の意思で巡りたいと思っていた。
そして、年は流れ、脳梗塞で失語症が残って、病気休業中である現在
。
もしかして、強い祈願がある今こそ、参拝するいい機会なのでは、と思い始めた。
願掛けしたら、少しでも失語症がよくなる
かもしれないし、ご利益がある
かもしれない。
(義理の)妹さんも経験済みだ。うちも行こうかな。
出発前の私たちは、こんな感じだった。
しかし、前夜、持って行くものについて話したところ、珍しく夫婦の意見が一致しなかった。
(夫)「納経帳はいるだろ、なんかノートみたいな。
それと、亡くなった時に着る白衣。
そこに御朱印や墨書を書いてもらう。
後、杖とか笠とか、2人分要る。」
(私)「え?何それ?
納経帳は分かるけど、(亡くなった人が着る)白衣なんて、うちは持ってなかったよ。
杖も笠も。」
それぞれの家でやったことが違っているせいで、「やるべきもの・持って行くもの」が食い違っている。
彼は続けて、白衣は、一人につき「亡くなった時に着るもの」と「遍路中に羽織るもの」の2着が要るのだ、と力説した。
この時点で、完全に私の常識が覆され、本気で驚いた。
(私)「ええ~⁈
遍路中に着る白衣ってホントに要るの
?
着る人なんて少ないよ。」
(夫)「いや、着る人もいるだろ。
外国の人とかも着てるだろ。」
(私)「ちょっとはいるよ。
でも、殆どの人が普通の服装だよ。
私の子供時代も普段着だったし、チャッピーが『普段着でいい』って言ってた。」
(夫)「mikiの実家が浄土真宗だから、普段着でいいんだよ。
真言宗の人は白衣を羽織ってるんだよ、きっと。」
※続きます。
